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「おんなじことを何度もうたう」短歌WS

2023年9月16-17日。
雲居ハルカさん主催の短歌のワークショップ、
並びに短歌の展示やトークライブ等のイベントに参加。

短歌を主軸としたイベントに参加するのは初めてのことだった。
ワークショップのチケット申し込みが始まった時期は自分にとっての
転換期真っ只中。
仕事を辞めて、実家からも離れた関西への移住を決めたタイミングで。
私の自信を奪う根底の理由を断ち切って、
やらない理由を並べ続けて妥協してきた自分にも、
縛られ続ける環境にもおさらばして抜け出したかった。
ずっと憧れだった“言葉を仕事にする”と云うこと。
それを強く意識したタイミングでのワークショップだったから、
参加以外の選択肢はなかった。

とはいえ、実際参加するとなったら緊張しまくるわけでして。
踏み込んだ会場は思った以上にこじんまりとした空間で
全員の顔を覚えられるくらいの規模感に驚いた。
もっと大勢の中に溶け込みながら参加できると思っていたのに。笑

でも、その小さな空間でのワークショップはとても濃密で
結果として心から参加して良かったと思える時間になった。
カードゲームを使って言葉を組み立てたり、2つのキーワードを元にして
小説の冒頭部分を書いてみたり。
短歌を作る入り口として、とても入りやすいステップが丁寧に
幾つも用意されていて、一つ一つ段階を踏みながら
自分の中から出てくる言葉にほくそ笑んだ。

ずっと自分の言葉を人前に出すのが怖かった。
“誰かに読んでもらえる文章を書きたい”
そう思いながらも、自分の中で勝手にハードルばかりを上げてしまって。
でも今回、抗いようもなく初対面の人たちの前に掲げられた自分の言葉は
即興で素っ裸なのになんとなくそれらしく見えてしまって。
あぁ、これでいいんだってふと思った。
綺麗な文章を書こうとか、面白い文章を書こうとか
不要な背伸びをしていたせいで私はずっと書けなかった。
そんなの私が決められることじゃなかったのに。
つまんなくても、誰の目にも留まらなくても
書いていいんだと実感できた。
だって書きたいんだもん。好きなんだもん、言葉が。
それだけで良かったんだなって。
ずっと評価されることに怯えてたけど、
別に誰も評価されたくて書いてなくって。
ただ溢れ出るものをなんとか形に残したくて、筆を執ってる。
そうやって残したものがいつかどこかで誰かの心に残れたならば
そんなに嬉しいことはないなって。

また、今回改めて短歌というものに向き合って
その短いが故の説明力の低さに、受け取り手の“想像”という
幅がつくことを初めて学んだ。
昔、知人に言われたことを思い出す。
“あなたの言葉は説明的すぎる”、と。
どうか齟齬なく伝わってくれ、そう願って吐き出す言葉は
一方的で、時に余白を埋めすぎた。
三十一字の制約があったなら、もっと余白を持って伝えられるだろうか。
そんなことを思ったりもした。
家に帰ってノートを開く。
いつだって頭の中を五月蝿いくらいに駆け巡る言葉を一つずつ拾い上げて
三十一字に凝縮したら、あっという間に数十遍が紡ぎ出されて驚いた。
笑っちゃうくらいに一晩中書いていられる。
脈絡だとかそういうの、全部無視して頭の中の雑多な過去や思いを
まとめるのにはとても有効な手立てだったのかもしれない。

人様にお見せするにはまだまだと、いまだに思う気持ちはあるけれど
作ることは自由だから。
頭の中のしがらみ全部吐き出すくらいに書き尽くして
それからもう少しだけ余白をつけられるように改めて
編み直すのも面白そう。

短歌っていいな。言葉って楽しいな。
やっぱり私は言葉が大好きだったな。

そう思い出させてくれた時間でした。
本当に、本当にありがとうございます。
今後の展望も実現を切にお待ちしております。



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