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印刷技術を組み合わせた「歴史絵葉書」を通じて伝える印刷の奥深さ。|市谷の杜 本と活字館

2020年11月に開館した大日本印刷が運営する「市谷の杜 本と活字館」。本づくりの文化施設であり、活版印刷を中心とした印刷から製本までの展示を見ることができます。

また、職人が活版印刷を使って作業する様子やワークショップ体験など、実際に印刷技術に見て触れることもできる施設です。

SKGでは活版印刷の印刷体験ワークショップで使われるしおりの紙面や、来館時にお渡しする大日本印刷の歴史を記した「大日本印刷歴史絵葉書」をデザインしています。

2022年11月からは、「杜の小さな印刷工房 ―刷ったり押したり失敗したり―」が開催されており、歴史絵葉書の制作成果を例に施設の印刷技術を紹介しています。

今回はSKGがデザインした「大日本印刷歴史絵葉書」の制作の裏側について、SKG代表・助川と「市谷の杜 本と活字館」を運営している大日本印刷の佐々木愛さんからお話をお伺いします。

「市谷の杜 本と活字館」の印刷機で制作された歴史絵葉書

– SKGが「大日本印刷歴史絵葉書」に携わることになった経緯を教えてください。

助川:「市谷の杜 本と活字館」の開館を機に施設にある印刷機を利用したお土産を来館者にお渡しする案が生まれ、SKGにお声がけいただきました。大日本印刷という日本を代表する印刷会社が僕に印刷に関してのご依頼をしてくれたことに驚きましたね。

活字館のロゴや館内サインのデザインは日本を代表するデザイン会社・日本デザインセンターの色部さんが担当されることも伺っており、お土産やワークショップの仕組みなどの相談をSKGにいただけたことが大変光栄でした。

館内には卓上の活版印刷機やリソグラフ、UVプリンターなどが入ると知り、施設の印刷機の技術を紹介する意味も含めてデザインできればと打ち合わせをしました。

大日本印刷の歴史を題材に検討を進めるなかで、大正から昭和にかけて発行されていた「活字見本帳」(当時の印刷会社が備えていた漢字の字種・字形が分かるもののほか、文字だけでなく罫線や図案などのさまざまな活字が掲載されている)にたどり着き、その素材を元にデザインをしました。

佐々木:歴史絵葉書の制作は2020年11月の開館に合わせたプロジェクトでした。スタッフは開館に合わせて集まったので、まずは印刷機や道具の使い方を習得していくことからのスタート。スキルもまだ十分にない状態で、試行錯誤をしながら印刷に向き合いました。スタッフの印刷技術のレベルアップ、機器の操作方法の習得、印刷が綺麗な完成品を仕上げる、という3つのゴールを同時に目指して走っていました。

助川:デザイナー目線では、各カードが個性を持ったデザインになるように工夫しました。開館時には10種類を制作し、展覧会に合わせもう1種類作りました。紙の種類も印刷技術もそれぞれに違いがあるようにデザインしています。

館内にある様々な印刷機の特徴を活かした発見のあるデザイン

大日本印刷歴史絵葉書 10種。文字の視覚表現を軸にしたグラフィックデザインの国際賞「東京TDC賞2022」入選。

– デザインをお願いする際に要望はありましたか。

佐々木:大正時代に大日本印刷の前身の一社である日清印刷が会社紹介を兼ねた絵葉書を制作しており、会社の写真にデコラティブな飾りを入れるなど印刷技術の見本を兼ねていたので、それを参考にしていただきました。

– 助川さんはデザインをどう組み立てていったのでしょうか。

助川:大日本印刷に限らず、世界的に見ても印刷会社が自社の印刷技術を入れ込んだ見本帳やハガキを制作する文化があるんです。過去に見たものはどれもレイアウトと印刷技術の組み合わせが興味深く、僕も印刷技術の組み合わせで面白い表現をしたいと思い注力しました。

それぞれの印刷機の特徴に注目をして、例えばリソグラフのインキ2種類をグラデーションで交差させたらどういった表現になるのかを試したり。 他にも黒紙との相性、リソグラフとUVプリンターの写真を隣り合わせるとどんな違いがあるのかなど、印刷技術の発見になるようなデザインにしています。

– 佐々木さんは実際にデザインが上がってきてどうでしたか。

佐々木:デザインをいただいたときは、まだそれぞれの印刷機ごとの出力用データでしか見ていないので、 スタッフに印刷してもらい、完成を手にして初めて助川さんのデザインを実感しました。

特に箔押しのデザインは、データでは箔の輝きはわからないので、データと印刷したものでは比べると印象がかなり違うんです。複数の印刷を組み合わせているので、 奥行きが出て、加工の面白さがストレートに伝わっていると思います。スタッフはかなり苦労しましたが(笑)

デザインを通して印刷技術へ挑戦!

– すべて「市谷の杜 本と活字館」で印刷されたということですよね。

助川:そうです。例えば、この絵葉書は写真はUVプリンター、文字やイラストはリソグラフで印刷しています。印刷が重なる部分があるので、どちらを先に印刷すれば綺麗な印刷物になるのかを試しながら作業をしました。

絵葉書ひとつ一つに制作ストーリーがあるんですよね。当初、左下の文字組みは「金属活字を拾う活版にしたい」と申し上げていたのですが、さすがにそこまでは工程が多すぎて断念しましたね。

– 印刷をするスタッフ目線で一番難しかったのはどの絵葉書ですか?

佐々木:スタッフみんな「箔押し」には苦戦しました。ズレが一番出やすくて、ひとつの絵葉書で3回に分けて箔押ししているものは特に調整が大変でした。

佐々木:また、このベタが多い箔押しもかなり難しく、押す加減でベタにならずかすれたりムラが出ることがあり、慣れるまで大変でした。

箔押しのベタ面がかすれてしまったもの。味わいが出る場合も。

助川:僕としては細かい文字や線はどれくらい出るのか、ベタはどのくらいの大きさまでが印刷できるのか、箔版の面積を大きくしてみたら圧ムラが出るのだろうかなどを試す意味合いも含めてデザインしました。印刷の面で難しいとされるデザインは全11種類を通してすべて網羅できたのではないでしょうか。

古巣・GRAPHはデザイン現場と印刷現場がとても近い関係にあり、印刷現場の苦労を知っていました。だからこそ今回のデザインは印刷をする側からするととても難しい挑戦になることは知っていましたが、スタッフには印刷技術の難しさを乗り越えてもらいながら印刷の面白さを知ってもらい、今後の「市谷の杜 本と活字館」の運営に活かしてもらいたいと願いを込めてデザインをしました。

– どのようにそれぞれのデザインが完成に至ったのですか。

助川:僕自身も一緒に印刷に立ち会い、何度も調整をしてみなさんと一緒に試行錯誤をしました。全ての表現が伝わる形で、違和感なく全員がいいなと思えたところを終着地点としています。

印刷物を作る側の視点に面白いエピソードは隠れている

– 印刷技術を表現するようなデザインはSKGにとっては初めての挑戦でしたか?

助川:印刷方法自体はいくつか利用したことはあります。ただ、リソグラフは扱いが難しいのは認知していましたが、実際にスタッフさんに作業をしてもらい、改めてかなり難しい技術なのだと実感しました。デザインとしてスタッフに無理をさせてしまったところもありましたが、だからこそ面白いものになるはずだという思いでお願いしました。

– スタッフさんの苦労という部分は具体的にどういったところでしょう。

助川:例えば画面で見たデザインのデータと実際に印刷するものは違います。色潰れや箔押しのズレが発生しますが、何度も調整をしながらゴールを目指していくんです。

佐々木:機器によっては紙を手でセットするので、ちょっとしたズレが生じるんですよね。

助川:ズレが生じやすいデザインがあり、印刷に慣れてきたスタッフさんはデザインのデータを見た瞬間に難易度が高いものだとわかるので「ぎゃーー!」と言っていましたね(笑)

この写真の枠に葉っぱの線が箔押しされているデザインは細い線が押されずに印刷できなかったり、写真と枠がズレたりする。そうするとデータから直して印刷をし直すんですが、こういった苦戦ポイントが他のカードにも何箇所もあり、本当に何度も何度もやり直しをしました。

助川:「大日本印刷歴史絵葉書」に関した展覧会に発展する際に、制作当時の思い出話をしながら「印刷の苦労話を交えた紹介をしましょう!」とアイデアが生まれたんですよね。

佐々木:紙の印刷物はみなさん完成されたものをご覧になることが多いので、紙に色が綺麗に出るのは当然だと思われるかもしれません。しかし当館の場合は、手作業のアナログ機器も多いので、紙と印刷機械の相性や、印刷手順など難しい部分がたくさんあります。なので、印刷物ができるまでの“作る側の視点”を今回の展覧会で知っていただけたらと思っています。

助川:本当に絵葉書一つひとつにもいろいろな技術が詰まっているので、伝わってくれると嬉しいですよね。

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今回、「大日本印刷歴史絵葉書」制作の裏側をお聞きして、完成までにとてつもない試行錯誤が繰り広げられていたことを知りました。助川と市谷の杜 本と活字館スタッフの印刷技術への挑戦は、遊び心とユニークなデザインとともに印刷の技術の底力や多彩な表現の魅力を見せてくれたのではないでしょうか。

次回は企画展「杜の小さな印刷工房 ―刷ったり押したり失敗したり―」について、より詳しくお届けします。

【企画展概要】
杜の小さな印刷工房 ―刷ったり押したり失敗したり―
会場:市谷の杜 本と活字館 東京都新宿区市谷加賀町1-1-1
期間:2022年11月10日(木)~2023年02月26日(日)まで
公式HP:https://ichigaya-letterpress.jp/gallery/000275.html

✍️SKG株式会社
2014年設立。「デザインで、本当の助けに。」をミッションに掲げ、クライアントが抱える課題をデザインの力で根本的に解決することに取り組んでいます。ブランディングデザインをはじめ、クライアントの事業やサービスの競争力を高める様々な制作物をデザイン。課題の本質を探り当てる、クライアントの本心に迫るコミュニケーションを大切にしています。
https://s-k-g.net/

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