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小説「若起強装アウェイガー」第14話(最終回)「最期の刻」

治英は白の館へ入った。
かつて自分が閉じ込められてた病室に行くと、亜衣が縛られ身動きできない状態になっていて、バインダーブレスも奪われていた。治英が縄をほどく。
亜衣「助かったわ」
事務的な言葉であった。治英は、自分で亜衣を助けたことが、不謹慎ながらうれしかった。一方の亜衣は、またこの中年男に助けられたのかという、感謝しなければならないがあまりそうしたくない心境だった。

治英「とにかくここを出ましょう。こんなの、実の父親がやることじゃない」
亜衣「いえ、父と決着をつけなければ、また同じことの繰り返しよ」
父に見限られたことが、亜衣は少なからずショックだった。自分にだけは手を出すまいと思っていたのに。
二人は病室を出て院長室に向かった。ドクターホワイト・白河博士との“決着”をつけるために。

院長室では、ドクターホワイトは二人を待ってたかのように「やあ」と明るく声をかけた。
亜衣「もうアウェイガーもほとんどいなくなってしまいました。国会議員皆殺し計画はあきらめてください」
しばらくの沈黙の後、白河博士は明るい口調で言う。
白河博士「そうだな。もうその必要もない。国会議員皆殺し計画など、社会に不満を持ちながら何もできない、何の能力もないクズを集めるための方便に過ぎん。アウェイガーの実験台としてな」
その言葉に二人は驚くとともに、さらに戸惑うものを目にした。
白河博士の机の上には、何枚ものゲノムカードが並べられていた。それは、これまで倒されたアウェイガーのものの他に、治英と亜衣のカードもあった。治英は思わず自分のカードを確認した。

治英「俺のカードも亜衣さんのカードもここにある。なのに・・・」
二人はずらりとならんだ机の上のゲノムカードを、信じられないという目で見るしかなかった。
白河博士「フッ・・・バインダーブレスがお前たちのゲノムカードや戦闘のデータを常に私のコンピュータに送信していたからな。バックアップ、みたいなものだ」

治英は驚き、亜衣の表情を見た。知らなかったという驚きの表情だった。
白河博士「亜衣、お前が消したデータなど、私の頭の中に入っているものばかりだ。最初からお前の行動は、意味がなかったのだよ」
亜衣は怒りつつも体に力が入らず、今にも倒れそうだった。そんなバカな話が。慧のことを思い出し、涙が出そうになった。
白河博士「泣くな、亜衣。慧のことだろう。今すぐ会わせてやる」

亜衣はハッとして白河博士を見ると、博士はいきなり白衣を脱ぎ、下着も破り捨て、上半身裸になった。そして博士はマジシャンのように、両手のひらをカードにかざした。
すると、なんということか。机の上にあったゲノムカードは次々を浮かび上がり、白河博士に向かっていったかと思うと湿布のように張り付き、溶けるように体内に吸い込まれた。

治英「なんだ・・・何が起こっているんだ」
亜衣はもう言葉も出ない。
全てのカードが白河博士の体に吸い込まれると、体が金色に輝き出した。そして博士はつぶやいた。
「若起!」
高齢者と呼ぶべきような見た目だった博士は、あっという間に若返り、その身にはさまざまな動物の特徴を連想させる強装をまとった。
そして驚きべきことに、その顔は慧そのものになっていたのだ!

白河博士「久しぶり・・・というのも少し変かな。どうだ、亜衣。慧だろう」
亜衣「そんな・・・何、どういうことなの」
次々に起こる不思議な現象に、亜衣はもう頭がついていけないという感じだ。

白河博士「私が慧になったのではない。慧が私のクローンだったのだ。そして亜衣、お前は私の妻だ。お前が慧に気持ちを寄せるのは、あたりまえだったのさ」

頭がおかしくなりそうなことをスラスラと言われ、亜衣の感情はやがて悲しみと怒りに満ち、それは涙となってこぼれ落ちた。

白河博士「そもそもは私の妻が病弱でな、なんとか助けられないかというところからはじまっているのだ。旧日本軍に、そしてGHQにさせられていた研究を妻に応用した。弱った臓器を万能細胞から培養した若く健康な臓器と取り替え続けることで、私の妻は永遠の命と若さを手に入れたのだ。そして私の妻の名前は・・・亜衣と言ってな」

治英も理解がついていけなかったが、それより、今にも半狂乱になりそうな亜衣が心配だった。

白河博士「私も妻とともに若く有りたいと願い、クローンを作った。実際に産んだのは妻だ。その後も妻の体調に合わせ、妻自身の細胞から培養した若い肉体に交換し続けて、妻の若さと美しさを維持した。しかし脳の交換をした際、残念ながら記憶までコピーすることはできなかった。その後、私は亜衣を自分の娘とすることにした。いずれ慧と結ばれるであろうことを想像しながらな。もちろん私が老いた後は、慧の肉体を得、若き亜衣と永遠に生きるつもりだったのだ」

白河博士は黒田博士とともに戦前から人間兵器の研究を続けている。話が本当なら、亜衣はもう百年以上生きているということになる。肉体は若いまま。

亜衣「治英、白河博士を、あの男を殺して!」
もはや亜衣は自分の思考も感情もコントロールできないように見えた。
勇と戦ったときから若起を解いていなかった治英は、若起した博士に向かっていこうとした。だがその時、急に咳き込み、倒れて血を吐いた。
亜衣「治英?」
白河博士「フッ、そろそろ体がもたなくなってきたか」
すぐに立ち上がった治英は、亜衣のゲノムカードを自分のバインダーブレスに挟んだ。治英の強装に翼と、脚に複数の蹴爪も生えた。
治英「俺は、二枚使いができるんですから」

若起した博士と治英の戦いがはじまった。
博士は様々な動物の力を攻撃に利用した。
治英はそれを自らの俊敏性や翼を使って宙に逃げてかわしていたが、それも長くはもたなかった。ずっと戦い続けてきて疲労もたまっており、それに老化現象も加わり治英の動きを鈍らせた。
博士の攻撃が面白いように当たる。

白河博士「わかるか治英、この圧倒的な力の差が。もはや私はアウェイガーではない。生物がたどってきた進化の力四十億年分がこの体に満ちあふれているのだ。私は人類を超えた地球最上の生物“プログレッサー”になったのだよ!」
治英はプログレッサーとなった白河博士の攻撃に、反撃の糸口をつかめないどころか、守ることもかわすこともできない。まるで大人と子供だ。

白河博士「最終的に世の中を変えるのは正義でも思想でもまして神でもない。暴力だ!そおれ、そろそろ吹っ飛べ!」
アッパーカットのような攻撃で、治英は白の館のはるか外へ跳ばされた。その際、空中で青い空と海が逆さまに見えた。
海岸の埠頭まで跳ばされた治英。
ズサァアッ!
治英の強装はヒビだらけになり、そこから血もにじんでいた。
それを追いかける白河博士。

白河博士「これで終わりにするか!」
治英は立ち上がって身構えるも、やはり翼を持つ白河博士は飛び上がって向かってきて、蹴りという蹴りで空中からめった蹴りにし、治英の強装はボロボロになって崩れ、砂となる。バインダーブレスもゲノムカードももろとも破壊された。勇との戦いで受けた傷が完全に回復していない上に、白河博士の攻撃で体中にダメージを受け、血みどろで倒れた。
追いかけてきた亜衣は遠くから見つめている。

その亜衣に気づいた白河博士。
白河博士「フン、あれもひどい女だ。治英、お前のことを戦力としてしか見ておらん。その上、死に至る副作用のある若起を無制限にやらせおって」
亜衣「副作用なんて知らなかったのよ!だって、私は何度若起してもなんともなかったし」
白河博士「私がアウェイガーたちに薬を渡していたのは知っていたはずだ。私の助手をしていながら、何も気づかなかったというのか。ただ、治英を自分の戦力として使いたかったから、知らないふりをしていたのではないのか」
亜衣は、何も答えられなかった。
白河博士「亜衣は、優しい妻だったのだぞ・・・」

なんとか立ち上がろうとするも力が足りない感じな血みどろの治英。
白河博士「かわいそうな男だ。あんな女のために命をかけるとは。いや、元々死ぬつもりだったのだよな、お前。今楽にしてやるぞ」
言いながらジリジリ歩み寄る。
白河博士「死ね!ゴミクズ!」
治英に飛び蹴りをしかけた白河博士だったが、何かの力に弾かれて、逆に倒れてしまった。

白河博士「なっ?!」
治英は目を金色に光らせて立ち上がっていた。先程砂と化した治英の強装から、金色の砂粒が次々に治英の体に付着し、新たな強装を形成しつつあった。
白河博士「何が起こっているんだ?」
治英の新しい強装は、筋肉隆々の格闘家がさらに防御力を上げるためにボディスーツを装着したような姿で、その上で角、牙、爪、翼といった生物進化の痕跡も装備されていた。
体力も気力も回復したように、ハッキリと治英が言う。
治英「これが、俺の若起だ」

白河博士「そうかぁ〜。お前は死に直面すると突然変異を起こし、今また命の危機に陥ったところで若起したということか」
治英「そうかもな・・・。なんにせよ、お前にはわかるはずだ。俺がただのアウェイガーではない、お前の言うところの地球最上の生物、プログレッサーだと言うことを」

白河博士「最上は、一人でいい!」
そう言って襲いかかった白河博士だったが、その攻撃は治英に全く効かなかった。ときにはかわされ、またあるいは平然と受け止められた。
だがそれは治英からの攻撃も同じだった。お互い攻撃力も防御力も拮抗し、勝負がつかない状態が続いた。

消耗を避けるため二人は間合いを取り、相手の出方を待った。だがお互いにスキも欠点も見つけられない。
白河博士「フフ・・・これではどうにもならんな。どうだ治英。いっそ我々で手を組まんか。我々二人なら、国会どころかこの地球を支配することもできるぞ」
治英「語るに落ちたな」
白河博士「なに?」
治英「さっきまで俺を完璧に潰そうとしていたお前がそんなことを言い出すということは、もう勝ち目はない、と思ったわけだ」
白河博士「グ・・・」
治英「だが俺は、お前のような存在を許せんし、放っておくこともできん」
白河博士「なんだと!」
治英「亜衣さんがお前の死を望んでいる。俺は、あの人のためにここで決着をつける」
亜衣はやはり遠くから見つめているだけだ。
白河博士「バカか!決着がつかんから手を組まんかと言っているのだぞ」
治英「決着は、つける!」

白河博士に向かって走り出した治英。攻撃をするフリをして白河博士に回避させ、博士の背後を奪い、羽交い締めにし、ギシギシと締めつけた。
治英「どうだっ!動けまい!」
同じ力を持つ同士、白河博士に打つ手はなかった。
白河博士「ぐぅ・・・!だがこのままでは、何も起こらんぞ。ワシとてお前と同等の力を持っているのだからな」
治英「決着をつけると言ったはずだ!」

二人はそのままの状態で、治英は相手に反撃させないように博士を羽交い締めしたまま飛び上がり、そのまま海へ突っ込んだ。
ザッバァアーアアアン!
治英はこう考えたのだ。アウェイガーであろうとプログレッサーであろうと生物であることには変わりがない。だから首を切られれば死ぬ。出血多量で死ぬ。そして呼吸ができなくなれば、やはり死ぬ!治英は自ら白河博士とともに海の底へ沈もうとしたのだ。

治英は白河博士を羽交い締めにしたまま、海底の割れ目に自ら体を挟み込み、二人は動けなくなった。
白河博士「(バカなっ・・・お前も死ぬ気か)」
治英「(元々死ぬつもりだったんだ・・・お前の野望を止めるために俺の命が役に立つなら・・・本望!)」
白河博士「(ただ亜衣の気をひきたかっただけの中年男が何を・・・)」

二人が海に沈んだ埠頭で、亜衣はただ海を見つめていた。
誰も浮かんでくる様子はない。
二人は死んでしまったのだろうか。
そうして何分か、何十分かが過ぎた。
突然、ジャプォジャプォと水の音がすると、海の中から埠頭に這い上がってくる人間がいた。

治英だ。

最後の力を振り絞ると言った感じで埠頭に上がり、うつ伏せに倒れた。
その姿はアウェイガーでもプログレッサーでもなく、ただの、よれよれのスーツ姿で水に濡れた中年男だ。老化のせいか白髪も以前より増えている。
治英は、埠頭に亜衣の姿を見つけると、震える腕を伸ばし、手を差し出した。

やったぞ、亜衣さん。
白河博士を倒した。
はじめて俺を頼りにしてくれた亜衣さん。
俺の存在をはじめて認めてくれた亜衣さん。
俺はやったんだ。ほめてくれ。笑顔を見せてくれ。手をとってくれ。

だが亜衣はその醜い見た目の中年男の手を握ることもなく、笑顔を見せることもなく、治英に背を向け埠頭を去った。
亜衣にとって治英は戦力に過ぎない。そうでなければあのような中年男と行動をともにしたりはしない。感謝はしているが、だからといって好意を寄せられても応じられるわけがない。
その歳まで誰からも感謝も頼りにもされなかった中年男など、気持ち悪い。

治英は去りゆく亜衣の背中に手を伸ばしながらもいつしか力を失い、その後、治英が動くことはなかった。

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