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アノン・マキナは死んでいる

 アノン・マキナの幻影を、今も戦場に見る。

 ――壊滅状態の部隊で弾倉に弾を詰め込めば、想起されるは、嘗て戦場を流れた長い銀髪。
 二丁拳銃で敵の頭に一撃必殺。容赦無く慈悲深い戦乙女アテナの姿。

 だが彼女はもう居ない。

 俺が強ければ、或いは……そこで歯を食い縛る。『泣くな。涙は照準がぼやけて悪い』という死に際の教えを守る為――。
「突撃用意!」
 大尉の声が響く。既に右腕と左手指が無い彼の、喉元に絶望を留めた命令に、弾倉を力任せに嵌め込む。
「突撃!」
 俺含め九人が出陣。最後の総力戦だ。
 残る敵は一体。三つ目で見詰め触手を射出する。
 対抗し、雄叫びと共に発砲。だが派手な轟音と裏腹に、弾は戦場の空気を裂くばかり。
 敵はぎゃばば、と気味悪く笑い、次々触手で仲間を貫く。
 脳を。胸を。腹を。顔を。
 脳を。胸を。腹を。顔を。
 構うものか!
 八つの死骸を後ろ目に、涙を堪え銃を構える。眼前には、迫る触手。

 頭を狙え!
 肉を斬らせるフリして骨を断て!

 戦乙女の教えが記憶から響く。
 発砲!
 敵の頭が弾けた。
 ……同時、横腹を斬られる。
 畜生、技量不足だ。
 だが殺した。血を流す俺の手前、敵は斃れる。
「良くやった!」
 大尉の歓喜の声が木霊する。
 これでひと段落。俺は一息ついた。


 瞬間。
 大尉の側頭が触手に貫かれた。
 命が地に溢れる音が、鼓膜を打つ。
 戦地は無情だ。
 敵が新たに三体生え、ぎゃばばと嗤っていた。
「糞っ」
 銃を握るが、その右手ごと触手に斬られる。
 帯びる熱。だが、涙は歯噛みして耐える。
 戦場に逃走は無い。なれば、一縷の望みを左拳に託すしかない。
 敵は笑う。

 笑った儘、敵は頭を撃ち抜かれた。

 ……死の淵で幻を見ているのか?
 然し右手と横腹が、これは現実と伝えている。
 だが、いや然し。
 ……それでも。

 この鮮やかな手並を、俺は知っている。

「泣いてないな? タナカ」
 靡く銀髪。不敵な笑み。
 血に照る拳銃を二丁握る、死んだ筈の戦乙女の姿。


 俺は混乱していた。
 戦乙女は三つ目じゃない。


続く

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