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ホールケーキはもう出ない

 母さんは昨日のことが嘘みたいなニコニコ顔のまま、お皿を2つ、僕とカナの前にそれぞれ置いた。

「ごちそうさま」
「…ごちそうさま」
 また平手だった。
 カナ。次に僕。
 母さんが空っぽのお皿を持ち上げた。
 僕は窓を見る。
「母さん」
 背中が止まった。
「なあに?」
「父さんの出張、いつまでだっけ」
「お昼すぎには帰ってくるって言ってたわ」
「うん」

 次は土鍋が来た。
 母さんが蓋を持ち上げる。いやな蒸気が膨れ、上がった。
 お玉が中身をかき回し、すくったそれを僕らのお椀にそれぞれ流し込んだ。
 中は溶けたチーズの塊、に似ている。灰と緑のまだら。
 使えない右手の代わりに左手のフォークを刺す。抵抗があって、塊を持ち上げるとヘビみたいな糸が伸びた。口に持ってくると、前にふざけてヤクルトの容器をライターで炙ったときと同じ臭いだった。
 目線を上げる。母さんが見ている。
 魚のはらわたをガソリンで煮詰めた泥みたいだった。これ以上噛まずに飲む。硬いものが喉をこする。
 横のカナを見る。
 飲み込んだ。よし。
 僕らは口を動かす。

 カナのお椀が空になる。頬が膨らんで、唇をちいさな両手が塞いだ。目元が濡れて、母さんを見上げる。
 母さんの口がぱかりと開いた。
 「何してるの!」
 破裂音。
 カナの手がさっと頬に伸び、僕を見る。
 痛みと痺れが右手の中でわめく。
「叩くなら、僕に、して」声が震えてしまった。
「悪いのはカナでしょ!」
「おかわり」
 平べったい声がした。
 母さんの手がカナに伸び、頭を撫でた。
「そうよ。カナはもっと、もっとおっきくならなきゃいけないの」
 カナが僕を見た。
 カナのお椀に塊が転がされた。
 飛び出しているのはパスタだと思った。あいだに菜っ葉が挟まった、互いに絡まったそいつらがぴち、と跳ね、飛沫がカナの頬に跳んだ。
 カナはそれに箸を突き刺して、持ち上げたのを噛み切った。
 ぼくは動けないまま、カナの頬が膨れ、すぼまった唇から赤いものが跳ぶ。

(続く)

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