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「才能と科学」の感想

本書の概要

 本書は英タイムズのコラムニストであるマシューサイド氏が「才能」というものに言及する本である。マシュー氏は卓球選手としてオリンピックに2度出場し、なおかつオックスフォード大学を主席で卒業した経歴を持つ。主に卓球選手としての自身の経験や、心理学をはじめとする科学論文に裏付けられた知見を踏まえ、一般的に「才能」と表現されるものは、実はほとんどが途方もない努力の成果であり、先天的なものの影響はほとんどないということを指摘している。
 本書は①才能という幻想、②パフォーマンスの心理学、③能力にまつわる考察の3部構成である。
①才能という幻想では、才能とは何か?に言及した後、一般的に天才と言われる人が生まれる際には後天的な因子が大きいということを解説している。
②パフォーマンスの心理学では、プラシーボ効果やあがり、目標達成後の憂鬱など、パフォーマンスの影響を及ぼす現象のメカニズムについて解説し、その現象の意味や解決方法に言及している。
③能力にまつわる考察では、ドーピングや遺伝子改良、競技における人種問題などについて解説している。
どれも非常に面白かったのだが、今回の記事では、主に①才能という幻想について触れていきたい。

才能とは何か?

 本書で最も核となる部分である。これを説明するために、著者はある研究を引用している。
ドイツの高名な西ベルリン音楽アカデミーのバイオリニストたちを①傑出した学生(国際的な独奏者になることが期待されている) ②優秀だがトップになれるほどではない学生 ③音楽の先生になりたくて勉強している学生の3つのグループに分け、学生たちの違いを調査した。結果、3つのグループの生徒は経歴が似通っているものの、一つだけ明らかに違う部分があったという。

二〇歳になるまでに、最高のバイオリニストたちは平均一万時間の練習時間を積んでいた。これは良いバイオリニストたちよりも二〇〇〇時間も多く、音楽教師になりたいバイオリニストたちよりも六〇〇〇時間も多い。
                                        マシュー・サイド:才能と科学.河出書房新社, p20.

上に引用した学生で「最高のバイオリニスト」と称される学生たちは、周囲より「才能がある」と評されるのだろう。しかし、その裏には尋常ではない練習時間が存在しているのだ。

しかし、これだけでは才能が能力に与える影響はそこまで小さくならないと思う。そこで、もう一つ引用をさせていただきたい。スポーツ選手にとって、才能の比重が大きいと思われる、反射神経についてだ。

ロジャー・フェデラーのリターンは、常人以上の反射神経のおかげではない。彼は相手の動きなど視覚的なヒントから常人より多くの情報を引き出し、そのおかげでほかのみんなより適切な場所に、素早く効率的に動いている。
                                        マシュー・サイド:才能と科学.河出書房新社, p42.

反射神経においても、視覚的なヒントから得られる情報を頼りにしており、視覚的なヒントを得るためには、膨大な練習量や経験が必要であると本書では語っている。

そのほかにも、本書では看護師の患者の異変を察知する能力や消防士が現場の違和感を察知する能力、神童の正体についても膨大な経験から成るものと説明している。嘘かと思われるかもしれないが、理論的に語られているのでかなり納得させられた。

感想

 私も学生時代にサッカーをしていたので、才能は確実に存在すると思っていた。この本を読了した今でも、才能の存在は否定できないと思っている。しかし、才能というものはその人の能力におけるほんの小さな物でしかないと思うようになった。高みを目指したいものに対して、どれだけ時間を費やせるかが最も重要で、それに気づいている人は意外と少ないのだということに気づくことができた。本書では「一万時間ルール」と書かれているが、一つのことに想像を絶するような時間を費すことの力を信じてみようと思った。

 今まで「①才能の幻想」の内容や感想を書いてきたが、この部は4章構造であり、今回述べてきたのはその中の1章分が9割以上を占めている。今までの述べてきたのは、本書の内容の中でも1割にも満たない部分である。才能の正体について述べた後は、優れた人の心持ちや、そのパフォーマンスの裏付け、努力の仕方などが述べられていく。要は、非常に内容の濃い一冊となっている。本書は自己啓発本としても優良で、なおかつ誰かを指導する立場の人や、単純に「才能って何?」と気になった人にもおすすめである。



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