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ベースアンプはいま、時代の曲がり角にいる 後編

 エレクトリックベース用アンプ(以下BA)の過去と未来について、後編の今回は2000年代以降のBAそしてステージ用機材の潮流について述べたい。




 2000年代初頭、イタリアのマークベース(MARKBASS)社がリトルマークというシリーズのBAを市場に投入した。

どうしても大きく重くなる真空管回路はおろか、軽量化が可能とされるソリッドステイト回路でも不可能な小型軽量なBA、正確には回路部のコンポーネントであるアンプヘッド(以下BAH)をかつてないまでに小型軽量化したリトルマークは驚きをもって市場に迎えられた。
 それまで個人所有のBAHを持ち歩くことに抵抗のあるベーシストはリトルマークの、キャリングケースに入れて運べる携帯性の高さに強く惹かれた。

 するとこの状況を見た他社もこぞって同系のコンパクトなBAHをリリースし、2010年代初頭にはBAHにデジタルアンプという新しいカテゴリが確立されるに至った。


 そのデジタルアンプだが、これは内部の、特にパワーアンプ部にD級(動作)回路を採用することで小型軽量化を実現している。

 D級回路の動作原理については私もあまり理解できていないが、従来の主流であるAB級に比べて非常に増幅効率が高いという特徴があるらしい。
 これにより、スピーカーを駆動させるレベルの信号を増幅するパワーアンプ回路の小型化、ひいてはBAH全体の小型軽量化が実現したのだという。

 D級回路は携帯電話やノートパソコン、タブレット等のモバイル機器で多く採用されたことで技術が発展し、高音質化そして低価格化が進んだことも普及の追い風になったそうだ。

 デジタルアンプの浸透の速度はすさまじく、前編で名の出てきたギャリエン‐クリューガーやSWRも当然のようにデジタルアンプをリリースした。
 さらには老舗アンペグもSVT-2PROの生産完了を決め、新型のSVT-7PROにはデジタルアンプを採用したのである。





 2010年代に入ると、ステージでミュージシャンが鳴らすギターアンプやBAが小出力化する流れが起きる。
 それまで複数のスピーカーキャビネットを並べて大出力のギターアンプやBAを鳴らしていたミュージシャンの、機材の規模が縮小し始めたのである。

 ギターであれば100ワットまでのアンプヘッドに、口径12インチのスピーカーを4発、少ない場合は2発のキャビネットを繋いで鳴らすケースが増えた。


 マーシャルではギター用に12インチ4発のスピーカーを2段積みし、その上にアンプ回路を置く3段スタックというセッティングを生み出したのだが、現在では使用例が減りつつある。ロックのアイコンともいうべき偉容なのだが…



 いっぽうBAでは、スピーカーキャビネットは10インチ4発のものを1基、必要に応じて2基繋ぐセッティングが主流になりつつある。


 アンペグの高出力BAH用キャビネット、その名もSVT810は10インチ×8発が叩き出す分厚い低音とその威容、70kg超の重量から「レイゾウコ(冷蔵庫)」とよばれ愛されたものだが、現在ではすっかり使用例も減ってしまったらしい。

現行モデルSVT-810E 高さ1219cm 重量約74.8kg



 BAHはデジタルアンプの、出力400~800ワット前後のものが選ばれることが多い。
 付け加えると近年製のBAHにはDI端子も純正で装備されていることが多く、ステージでの機器類の接続も簡素化しているようだ。





 ステージで鳴らされるアンプの小型・小出力化は音響機器の発達が大きく影響している。
 正確にはミュージシャンが自身の鳴らす音を聴きとるための機器類の進歩と変化が関わっているのである。


 音響機材の性能や普及がコンサートの大規模化に追い付いていない70年代前半あたりまでは、ギタリストはギターアンプからの、ベーシストはBAからの音を聴きながら演奏していた。
 やがてギターアンプやBAだけでなくヴォーカリストの声、さらにはドラムセットのシンバルやスネアドラム、タムタム等の音を個別にマイクで拾い、それをミキサーで統合して会場備え付けの巨大なスピーカーで鳴らすことでオーディエンスに聴かせる手法が一般化する。

 時代は進み、80年代にはステージ上のミュージシャンの近くにスピーカーを配し、ミキサーからの音を流すことでミュージシャンが自分の鳴らす音や歌う声を聴くという手法が用いられ、モニター(monitor)スピーカー、略してモニターとよばれるようになる。

 自身の音を確かめることを監視に例えてmonitorとよぶのだが、他にはミキサーから音声が返ってくることから「カエシ」とよばれることもある。

 モニタースピーカーの中でもステージ前方、とりわけ床に置かれるものはコロガシ(転がし)とよばれたりもする。


 さらに時代が進んで2010年代に入ると、インイヤー型ヘッドフォンによるミュージシャン個別のモニター、イヤモニとよばれる手法が普及していく。

 ミキサーから送られた音をインイヤー(カナル)型ヘッドフォンで聴くことで、ミュージシャンの好みにあわせた音量や音質、楽器ごとのバランスで演奏を確認できるのが最大のメリットである。
 ヘッドフォンは高い遮音性を持たせるため各自の耳に合わせて制作されることがほとんどであり、これによりミュージシャンはステージ上のアンプが鳴らす音を聴かなくとも自分の音を聴けるようになった。

 イヤモニがワイアレス接続と組み合わされるとステージ上のどこに居ても自分の音が確認できるので、もはやアンプの側にいる必要も無く、コロガシからの音を頼りにすることもなくなる。

 こうなるとギターアンプもBAもそれまでの大出力と重厚なスピーカー、そしてそれらが生み出す大音量が必要とされなくなる。
 重量があるうえに発熱量が大きく動作の安定性に難があるとされるAB級のソリッドステイトBAHはもはや大出力が強みにはならず急速に旧式化してしまい、軽量で必要十分な出力を備えたデジタルアンプにとってかわられたのである。





 2000年から10年近く楽器店で働いた私はBAの、デジタルアンプ台頭よりも前の製品を多く販売してきたし、その音をよく憶えている。

 嘲笑されることを覚悟のうえで申し上げたいが、D級回路は弦楽器用アンプに向いていないと思う。少なくとも、真空管やAB級動作のソリッドステイト回路が達した表現領域にまだ届いていないように感じる。

 これはヴィンテージのベースの音を聴いてきた経験から思うのだが、エレクトリックベースの「鳴り」はギターと同様にとても豊かであり、表情の変化を伴った複雑なものである。
 乱暴な言い方をお許しいただきたいが、D級回路は低音域の再生に偏ってしまい、オーヴァートーン‐高次倍音の出方が弱い。
 たしかに十分な重みをもった低音は出ているが、ベースの個別の鳴りの違いをちゃんと表現するだけの繊細さが、私の耳には足りないのである。





 デジタルアンプに辛い私だが、その中でも印象に残った製品がある。

といっても生産完了品なのだが、T.C.エレクトロニックのRH750である。

 楽器店の商品として店頭に並んでいたのを何度か鳴らしたのでよく憶えているが、まず低音の重さや厚みは文句なく合格ラインである。
 音のキレも良く、強いタッチで弾いたときの音の強靭さも好感が持てるものだった。
 好みのセッティングを任意で呼び出せるメモリーや、人工的な感触を抑えた内蔵型コンプレッサー等の付加機能はさすがデジタルプロセッサのトップランナーT.C.である。上手く活用できるベーシストには嬉しいはずだ。





 では非デジタルのBAの中から最良を選べといわれれば、私はエデン(EDEN)のワールドツアーことWT800を推したい。

エデンは今年の6月までヤマハが輸入代理していたのだが後任は決まっておらず、正規輸入が途絶えていることをおことわりしておく。

 WT800を強く推す理由のひとつはバイアンプ方式、いわゆるステレオ出力である。

 スピーカーへの出力系統をふたつ備え、片側のみ接続(モノ)、ふたつとも接続(ブリッジド)どちらにも対応するという手法はエデン決して独自のものではなく、SWRをはじめとする他社も2000年代には当たり前のように採用していたものである。

 エデンではこのブリッジド接続の際に得意とする音域が異なる2種のスピーカーキャビネットを接続することで低音から高音までバランスの良いサウンドを無理なく鳴らす手法をとっていた。

それほど大音量を求められないアンサンブルや小さな会場であれば、10インチ4発に高音域用のツイーターを搭載したD410XSTだけを繋げば十分である。

WT800をフルパワーで鳴らす必要のあるアンサンブルや、モニター環境が辛い野外会場であれば15インチ1発のD115XSTと先の410をブリッジド接続することで低音域を増強できる。
 また、ブリッジド接続の際にはふたつのスピーカーからの音が特定の音域で干渉してしまい聴こえづらくなる現象が起きることがあるが、WT800ではその音域にフォーカスして干渉を低減するCrossoverのツマミが有るので心強い。

 90年代以降のソリッドステイトBAHはとかく音が硬いだの冷たいだの批判されたが、エデンの、少なくともWT800あたりの上位モデルにはベースのアコースティックな要素‐木部の生み出す温かみやナチュラルな弦振動のニュアンスがしっかりと前に出るのが感じられるだろう。
 もっとも、中途半端なベースのセッティングや雑なプレイもちゃんと音になって出てしまうのでご注意を。他社製BAではごまかされていた部分がまる聴こえになってしまう恥ずかしさとしばらくの間は格闘することになるかもしれない。





 2010年初期からほぼ10年経った現在、デジタルアンプは既にBAの主流となった感がある。
 しかし、デジタルアンプの他の選択肢もまた有効であることを、2023年の現在に生きるベーシストは忘れてはならない。
 中古市場を探せば高いポテンシャルを秘めながら忘れられてしまった不遇なBAが見つかる可能性もまだ十分にあるし、今回は字数の都合で割愛したがアッシュダウン(ASHDOWN)のようなクラシカル風味のアナログ路線を進むブランドもあるのだから、ベーシストには可能なかぎり多くの選択肢を見つけたうえで最良のBAを選び出してほしい。



 最後になったが、EBおよびBAによって音楽に強力なヴァイタリティが備わった例として、リック・アストリー(Rick Astley)の2016年のライヴをご紹介しておく。

 あまりの古めかしさもあって2007年頃に流行した「釣り」動画のネタにされたという1987年のディスコナンバーに、ジュリアン・コックス(Julian Cox)とヤマハBBそしてアンペグSVTクラシック系モデルが加わるだけで、こうも聴きごたえのある曲に化けることを、特にベーシストの皆さんには知ってもらいたい。


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