夏休みの宿題で40人の生徒に対して、社会科新聞は必要なのか?

沖縄にある公立小中学校では、教員不足が問題となっている。その要因に関する説明は、既に多数のメディアが取り上げているのでそれらを参考にしていただきたい。

その問題の解決策として、40人学級に戻すことが挙げられているが、今でさえ大変だというにもかかわらず1人の教員が受け持つ生徒数が増えてしまっては更に負担が増すばかりで根本的な解決策とはいえない、とにちにいましは考える。

そういうけれど、解決策は何かないの?という
問いに対して提示したいのが
【夏休みの宿題を先生が点検するのではなく、
外部業者が点検し、それは成績に反映しない】
※但し、教員がボタンをクリックするだけで数分で成績に反映できるのであればそれはあり。
というものだ。

今あるICTといったリソースで授業内の改革はできると思うが、別の視点から改革が必要だ。今風の言葉を使って、それをひっくるめて、SX(スクール•トランスフォーメーション)と名づけることにする。

いくつか施策が必要となる中で1つに、社会科の宿題で出されることのある、社会の先生が取りまとめる形での社会科新聞の廃止を挙げる。にちにいましは社会科新聞に取り組んだことがあるが、その頃ろくに文章が書けなかったので、今当時仕上げた社会科新聞を目にすると、何を書いてるんだ、こっちゃ!?となってしまうに違いない。ところが、社会科新聞に利点はあって、自らテーマを見つける必要があるため、その時に取り組んだ姿勢が高校時における探求活動や大学に進学した場合、研究活動に役立つ可能性はある。しかし、にちにいましが中学生の時授業の多くを爆睡していたからか中学の時社会を教えてくれた先生がテーマの見つけ方、テーマを絞り込む、論点を見出す、ということを伝えていない、と記憶している。(実際、伝えていたら、その時の先生ごめんなさい!) 加えて、文章の構成、例えばパラグラフライティングや事実とそれに対する印象を分けて書いているか※など、科目を超えて国語と連携を図るなどあればいいが、そんなのも、その学生の力、ある種我流でもある、で取り組まなければならないため、今となっては意義ある宿題と認識していない。(※関しては、朝日新聞で取り上げられた林先生のコメントを参照)

だとすれば、どうすれば意義ある宿題になり得るのか? 上記で触れた、にちにいましが記憶していない内容をYouTubeや特設サイトで生徒が各々好きなタイミングで学習し、その上で取り組み、取り組んだ成果物を学校が始まる前にオンライン上で生徒同士で見て学び、ルーブリック(点数評価表)で点数を付けることでメタ認知も養うと同時に、仮に次回自分が取り組むとしたらどういうところで真似できそうか、工夫できそうか、という問いに対してエッセイを書く、となれば従来のものより充実したものになるはずだ。こうしたのを、沖縄県の社会科新聞を主催する琉球新報が設計から創出まですれば、これまた最高な学習環境を提供できる、と期待を寄せる。

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