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戦争の時代に音楽の役割を思う

このところウクライナ関係のニュースで胸が痛むばかりです。
既に軍事侵攻が始まってから3週間を過ぎました。

ロシアによる市街地の破壊が激しさを増し、ウクライナの一般市民が土嚢を積んだり銃を取っているという報道に触れると本当に21世紀かと暗澹とします。

しばらく音楽を聴ける気分ではなかったのですが、ウクライナの街頭でミュージシャンが市民を励ます演奏をしていたり、各国で支援コンサートが行われていることを知ると心が温かくなります。こんな時だからこそ音楽の力が必要なのかもしれません。

最近になって1950年代のジャズを取り出すようになりました。ミュージシャンの多くが第二次世界大戦という戦争を経験し、人種差別といった理不尽なことも普通にあった時代。「深い悲しみ」が演奏する側にも聴き手にも共有されていた頃の音楽がいま深く浸み込んできます。

今回は「エラ・アンド・ルイ」を聴いてみましょう。エラ・フィッツジェラルド(vo)とルイ・アームストロング(vo,tp)というジャズの巨人がタッグを組んだ作品です。

エラ(1917-1996)とルイ(1901-1971)は共に大らかな歌声を魅力としています。歌を聴く限り2人とも非常に明るく、何か不幸を背負っているようには思えないのですが、実は貧しい子ども時代を送っており、特にエラは孤児院で過ごしてからマフィアや売春宿の下働きをしていたこともあります。

しかし、そんな過去の克服があるからなのか2人の歌声には温かさと愛情が溢れており、簡単には揺るがない強さも兼ね備えています。とんでもない時代に「人間の愛の深さ」を教えてくれる音楽に耳を傾けましょう。

1956年8月16日、ロサンゼルスでの録音。バックのメンバーも素晴らしい。

Ella Fitzgerald(vo) Louis Armstrong(vo,tp) Oscar Peterson(p)
Herb Ellis(g) Ray Brown(b) Buddy Rich(ds)

①Can't We Be Friends
冒頭を飾るだけあって、このアルバムの明るい雰囲気を凝縮したナンバーとなっています。ポール・ジェームス作詞、ケイ・スウィフト作曲で、うまくいかない恋愛に対し「友達なれない?」という言葉に翻弄される男女をユーモラスに描いています。最初に登場するのはエラ。伸びやかで温かい歌声に触れるだけで嫌なことは全て吹っ飛んでいきそうです。エラがストレートに歌うのに対し、ルイは大胆に「ルイ節」を展開します。歌っているのか語っているのか、ギリギリのバランスのところで男女の恋のおかしさを披露してくれる。これは続くトランペット・ソロと共に「ルイ・アームストロングというジャンル」の音楽だと言っていいでしょう。最後は2人のかけあいとなりますがエラが大先輩のルイに対し完全に対等な立場で伸び伸びとしているのも印象的です。

④They Can't Take Away That From Me
ガーシュイン兄弟による作品。帽子のかぶり方から音を外した歌い方まで恋人の思い出は誰にも奪えない私だけのものという、こちらもユーモラスな歌。この曲は本当に「ゆったり」。エラが余裕を持って包み込んでくるような歌声を披露するともうそれだけで至福の時が訪れます。これに続くルイはスキャットで受けて一気に自分の世界を取り戻すというさすがの名人芸を披露します。その後の歌は「ノー・ノー・ゼイ・キャント・フロム・ミー」というフレーズのところなどユーモアでいっぱい。これを聴いて思わずニコリとしてしまうのは私だけではないでしょう。

⑥Tenderly
ジャック・ローレンス作詞、ウォルターグロス作曲によるスタンダード。最初がルイのトランペットでゆったりとバラード調で始まるのがいい。その後にテンポが少し上がり、エラがトランペットの余韻を引きずりつつ情感豊かに抑制をきかせながら歌います。明るさと美しさが交錯した見事な声!
これを受けるルイはスキャットを交えながら独自の切り口を披露します。最後はルイのトランペットに対し、エラがルイを真似た歌声を発するという嬉しい「おまけ」もあります。

この他、⑪April In Parisでの2人のしっとりとした歌声も感動的です。

戦争でもコロナ禍でも、音楽が「不要不急」と思われる瞬間があります。しかし、その必要性はすぐに認識され、人々になくてはならないものとなります。非常時だからこそ、緊張した心をほぐす音楽は不可欠のものとなる。
どうか、ウクライナの人々にも心を支えるものが絶えることがないように。

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