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ゼレンスキー大統領の「語らない」名演説

ウクライナのゼレンスキー大統領が今月23日(火)、日本の国会で12分に渡ってオンライン演説をしました。実に見事な内容でした。

何が凄かったのか。「語り過ぎないことで想像力を喚起する」手法が取られていたからです。演説の一部を振り返ってみましょう。翻訳はAERA dot.の記事によります。

日本からウクライナへの支援に謝辞を述べた後、ゼレンスキー大統領はロシア軍がチェルノブイリ原発を攻撃したことに触れます。

皆様は、チェルノブイリ原発の事故をご存知だと思います。1986年に大きな事故がありました。放射能が放出し、世界各地域で(事故が)登録されました。原発周辺の「30キロゾーン」というのはいまだに危険な場所で、その森の土の中には、事故終息後から多くのがれき、機械、資材などが埋められました。  2月24日、その土の上にロシア軍の装甲車両が通りました。そして、放射性物質のダストを空気にあげました。チェルノブイリ原発が支配されたのです。  事故があった原発を想像してみてください。破壊された原子炉の上にある、現役の核物質処理場をロシアが戦場に変えました。また、ウクライナに対する攻撃準備のために、30キロメートルの閉鎖された区域を使っています。ウクライナでの戦争が終わってから、どれだけ大きな環境被害があったかを調査するのには何年もかかるでしょう。

日本にこのメッセージを投げかけた背景には、当然のことながら福島の原子力発電所事故のことがあると推測できます。しかし、この演説には「福島」という言葉は全く出てきません。

私が演説原稿を書く立場だったら、もっと直接的な表現を使ってしまうでしょう。
「福島の事故を経験した日本の皆さんは原子力発電所が危険にさらされることの意味が分かりますよね」ー

そんな野暮なことはせず、原発事故によるがれきが眠る大地の上に軍事車両が通るという具体的な情景を描写。その恐ろしさをリアリティーを持って日本人に伝えたのです。

「語らないことによる説得力」・・・
今回はそんなイメージから1枚のアルバムを取り出しました。ケニー・バレル(g)の「ラウンド・ミッドナイト」です。

バレル(1931-)はアメリカ・ミシガン州のデトロイト生まれで、現在90歳(!)。ピアニストのトミー・フラナガンとは同郷で幼馴染でもあります。1956年にブルーノートに初リーダー作を録音してからプレスティッジ、アーゴ、ヴァーヴ、コンコードといったレーベルで常に充実した内容の作品を残してきました。

スタイルは一貫して変わらず、節度のあるブルージーな演奏で音楽の「深さ」を味あわせてくれる存在です。そんなバレルが1972年、ファンタジー・レーベルと契約して初めて録音したのが「ラウンド・ミッドナイト」。
日本盤CDのライナーノートによるとバレルはこの頃に拠点をニューヨークからロサンゼルスに移したそうです。

温暖な気候のロスに移ってサウンドに変化が出るのかと思いきや、全くそんなことはありません。しっとりと落ち着き、「弾き過ぎない」バレルがいます。そんなサウンドが聴き手の想像力を刺激し、音楽に没入させてくれます。

1972年、カリフォルニア州バークレーのファンタジー・スタジオでの録音。

Kenny Burrell(g) Richard Wyands(p) Reggie Johnson(b) 
Lennie McBrowne(ds) Joe Sample(p) Paul Humphrey(ds)

①A Streetcar Named Desire
「欲望という名の電車」という邦題で知られる映画の主題歌。アルバムの冒頭とは思えない渋い演奏です。演奏はバレルのギターのみのイントロで幕を開けますが、シングル・トーンで訥々と放たれる音からバレルが「私はこういう語り口をしますよ」と静かに宣言しているようにも聴こえます。ピアノ・トリオが加わってもしっとりとした雰囲気は変わりません。バレルのギター・ソロは湿り気を帯びているかのように跳ね上がることなく、しかし底の部分で前に進むグルーブがあるという絶妙なバランスを持っています。リチャード・ワイアンズのエレクトリック・ピアノによるソロもブルージーな響きを持っておりバンド全体のサウンドに調和しています。これを受けたバレルのソロは前半より勢いを増しますが、感情を抑えたトーンはそのままに静かなテーマに戻っていきます。

③'Round Midnight
言わずと知れたセロニアス・モンクのナンバー。この曲のみジョー・サンプルとポール・ハンフリーの2人がワイアンズ、マクブラウンに代わって入っています。ここでのバレルはメロディ部で「弾き過ぎないスタイル」を貫いています。スローテンポで原曲をかなり踏襲しており、過剰なアレンジを排しているのです。美しいメロディに飾らない音色が乗せられているので、この曲の持つ独特の真夜中のイメージを聴き手は自分の中で膨らますことができます。続いてバレルのソロ。テンポは少し上がり音数も増えるのですが派手にかき鳴らすのではなく、深い情感を一音一音に込めているかのような入魂の演奏です。これだけ慎み深い演奏で説得力を持つギタリストはなかなかいません。

他に④I Think It's Going To Rain Today といったポップ・チューンもリズミックですが渋い演奏になっているのが印象深いです。

それにしてもゼレンスキー大統領には優秀なスピーチ・ライターがいるのでしょうね。ウクライナという、今回の戦争が起こるまでは決して有名とは言えない国にこうした演説を書ける才能がいることに驚きました。演説の後半にはこんな一節もあります。

ウクライナの復興も考えなければなりません。人口が減った地域の復興を考えなければならないです。避難した人たちが故郷に戻れるようにしなければならないです。日本のみなさんも、きっとそういう気持ち、住み慣れた故郷に戻りたい気持ちがおわかりだと思います。

ここにも「東日本大震災」といった言葉はありません。しかし、私たちは故郷を追われた人たちが自分の国にもいたことをイメージしながら現在の悲劇に思いを馳せることになります。

人々の心をつかむメッセージは「分かりやすさ」だけを優先したものではない。そんなことを戦時の指導者の言葉から教えられるとは思ってもみませんでした。

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