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「興奮の夢」から目覚めた時

4630万円がいきなり自分の口座に振り込まれていたら・・・。
いま、ちょっとした話題になっている「誤給付」問題、いろいろなことを考えさせられます。

これは山口県阿武町が新型コロナウイルスの影響で生活に困窮する世帯への給付金、合わせて4630万円を誤って24歳の男性の口座に振り込んでしまったことから始まりました。完全な手続きのミスで、町は直ちに男性に謝罪するとともに返還の手続きを行うよう求めていたということです。

報道によると男性は当初こそ応じる姿勢を見せましたが、その後は返還を拒否。最近になって「振り込まれた金は海外のオンラインカジノで全部使い切った」と話しているということです。

男性は町から振り込みがあった先月8日のうちに金を使い始め、先月18日までの11日間に34回に渡って全額を出金したそうです。ここからは私の推測ですが、男性は金が手元にあるうちに「大きく増やそう」と思ったのではないでしょうか。返金するのはカジノで儲けて「お釣り」がくるぐらいになってから・・・そんな夢を見たのではないかと。

出来心を起こしてしまうぐらいの大きなお金だったこと。「海外のオンラインカジノ」というものが射幸心を煽るようなものだったこと。様々な不幸が重なったのでしょうが、弁護士によると男性は「少しづつでも返していきたい」と話し始めているということです。いまは一時の興奮が冷め、「悪い夢」から目覚めたような感覚でしょう。

「楽しい時間は終わった」・・・そんな男性の思いを想像しながら取り出したのがロイ・ヘインズ(ds)の「ピープル」です。

このアルバムには「The Party's Over」という曲が収録されています。ミュージカル「ベルズ・アー・リンギング」のために書かれた曲で元の歌詞は「パーティーは終わった。目覚めて夢を終わらせなくてはいけないよ」という、何とも悲しいものです。

実は私、ミュージカルでこの曲がどう使われているのか知らないのですが、ロイ・ヘインズのグループによる演奏には悲壮感がなく、むしろチャーミングな感じです。夢が覚めて実生活に戻るのも悪くない・・・という展開で使われていれば救いがあると思うのですが、どうなんでしょう。

ロイ・ヘインズ(1925-)はいま97歳!現役で活動しているのか定かではないですが(どなたか情報があればください)、1940年代末にチャーリー・パーカーと共演した経験を持ち、それからも新しい演奏に挑戦し続けた偉大なドラマーであることは間違いありません。

「ピープル」はロイが38歳の時の作品で、アメリカ西海岸で自己のグループのツアーを行った際に合間を縫ってパシフィック・ジャズのスタジオで録音されたものです。派手さはないですし、歴史に残る名盤でもありませんがレギュラー・グループだけに無理なく充実した成果を残しているのが良いです。ヘインズが出しゃばらずにリーダーらしく全体のサウンド設計をしているのも素晴らしい。

1964年5月、カリフォルニア州ハリウッドでの録音。

Roy Haynes(ds) Frank Strozier(as,fl) Sam Dockery, Jr.(p)
Larry Ridley(b)

②The Party's Over
フランク・ストロージャーのフルートで幕を開けます。彼の軽やかでスピード感のあるフルートには新しい感覚があり、それがこのトラックを良質なものにしています。愛らしく、歌詞の内容にそぐわない明るさがあるテーマが提示された後、そのままストロージャーのソロへ。決して超絶技巧があるわけではないのですが、単純なハードバップでもなく、うまく「横に滑っていく」ような斬新さと浮遊感のある演奏です。そして、何といっても歌心があり、ヘインズの歯切れのいいリズムに乗ってスイスイとフレーズが出てくるのが気持ちいい。気がつくと3分余りの演奏でストロージャーは「吹きっぱなし」でした。ドラマーがリーダーのアルバムですが、メンバーに花を持たせるところもいいですね。

⑧Jamaica Farewell
タイトル通りジャマイカを意識したカリプソ風の曲。ヘインズは本当に器用で、イントロから楽しいけれど非常にタイトなリズムで聴き手をあっという間に南洋の空気で包んでくれます。ここではストロージャーが張りのあるアルトでかなりシャウトしていてバンドのエンタメ性が高いレベルにあることが分かります。短いヘインズのソロは「簡にして要を得る」という言葉の通り少ない音で高揚感を与えてくれるお見事なもの。

他にもバラッドの④People が良いです。

この記事を書いていたらニュース速報が入ってきました。給付金を使ってしまったという男性が今夜(18日夜)、警察に逮捕されてしまったそうです(!)。「電子計算機使用詐欺の疑い」というのが何のことやら分かりませんが、夢は終わってしまいましたね・・・。

4630万円がいきなり振り込まれていたら私は何を考えたでしょうか。家族と豪遊しようと思うか、念願のジャズカフェの資金か、まだ手を付けたことがない「オリジナル盤購入」に走っていくか・・・。

逮捕された男性と比べると夢が小さいことは間違いなく、安心すると共にどこかがっかりしてしまうこの頃です。

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