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熱々のココアでの心添え

あなたが喫茶店の店員さんで、
父親と来店している幼児のお客さまに
熱々のココアを運ぶとき、
なんとお声かけして、テーブルに置くか。

「あちゅいですよ〜、ココアでしゅ」
「こちらココアです。ごゆっくりどうぞ」
「はい、お待たせしました。ココアです」
「ホットココアでございます。
 お熱いので、お気をつけてください」

勿論、正解はひとつではなく、
いやむしろ正解はないのだが、
店員として職業意識、
人としての気遣い、人柄は滲み出る。

ところで、いい歳をして恋愛小説など
読むべからず、と言われても、
ジャンルを問わず面白いものは読むべし。

「木曜にはココアを」
(青山美智子著、宝島社文庫)は、
静かな住宅街の川沿いにある
喫茶店「マーブル・カフェ」で始まる。

20代前半の若きマスターと、
毎週木曜の午後にこのお店で
手紙を書いている女性との、
なんとも堪らない間合い、気の発し方、
心の交流が良い。

俺にもこんなときがあったなぁと
恋の季節、ときめきの頃を思い出す。

本作の素晴らしさは、
全12章の各章で主役(語り手)が変わり、
その主役たちの関係性を、
リレー形式でつないでいること。
見事に仕込んだ伏線が、
珈琲カッブの熱が手に広がるように
じわりと伝わる。

また、ターコイズブルーやオレンジ、
といった色彩を各章のコンセプトにし、
読者に心地よい映像美を供していること。
 
そして、登場人物の心の襞を
奥深く描写している巧みさ。
その筆致は、喫茶店という
仕事の奥義にまでに踏み込む。

「マーブル・カフェ」の若きマスターが、
幼いお客さまのテーブルに、
熱々のココアを置くときの言葉を
是非お読み頂きたく。

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