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女子だけの学校はダイバーシティに逆行してます・・・か?|黒岩 萌実

男女の双子を同じように育てたら性差は生じない?
ボーヴォワールの「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」という仮説を立証すべく50年ほど前、我が子で「実験」した女性がいます。
私の母です。

そういう訳で私は双子の弟とジェンダーバイアス・フリーの家庭で育ちました。ベビー服の色も同じ色、同じおもちゃ同じ本。車や人形も1人に1つずつ用意されて、性別で区別しません。「女の子でしょ、~しなさい。~しちゃだめ。」と言われたことはありません。弟もしかりです。母の観察によると1歳ごろからすでに、弟の泣き方は私よりずっとパワフルで、人形へのまなざしはそっけなく、一方私は愛おしそうに抱きしめたそうです。“性差”は顕著だったとのことです。わずか一対の実験結果なので有意とは言えず、その後、探究を進めたかった母はさらに5人の子どもを産み、同様に関わりました。途中から、「同じように育てたのでは外的要因(保育園、メディアなどから押し寄せるステレオタイプの大波)に打ち勝つことは難しい」との感触を得て、息子たちに料理を頼み、娘たちにメカの修理を頼むなど、逆バイアスを採用していました。

母の「実験」のお陰で、家庭内では、自分が女としての不利益を感じることなく育ちました。超がつくほどのお転婆娘で、野山をかけまわるワイルドな子どもでした。でも、小学校に入り地域社会と交わると、女だからという理由でかなわないことにたくさんぶつかりました。毎日双子の弟と野球をして遊び、本気でプロ野球の選手になりたかったのに、新潟の農村地域だったこともあり、男性優先の伝統的学校文化が色濃く、弟は少年野球チームに入れたのに、私は女だから資格なし。地域のお祭りで弟は神輿を担げるのに私は担げない(“穢れ”っていうやつでしょうか)。女子は球技大会の練習場所割り当てが男子の半分だったこともよく覚えています。スポーツに関して相当な不満をもっていたんですね。女に生まれたことを悔やんで、生まれ変わったら男になって思いっきり野球がやりたいと思っていました。

小学校高学年になると、スカートが好きじゃなかったことや、紺色や青い服を着ていることが多かったこともあり、髪型はおかっぱだったはずなのに笑、よく男に間違われました。男に生まれ変わりたいのに、女に見えない自分は受け入れられず、自分らしさと社会からの目とに板挟まれ心はぐちゃぐちゃしていました。思春期に差し掛かっていた証拠でしょうか。中学に入ると、一気にそれまでの反動がやって来て、パステルピンクの衣類に身を包み、期待される“女らしさ”に順応しようと頑張りました。でも内心「所詮女は外見でしょ」としらけ感をもっていたし、結局高校でもやってみたかった運動部は全て男子部のみで、自分が自分らしく生きていこうとしたら、この社会に位置づかない感覚を味わっていました。

女に生まれていいことないな・・・。その気持ちが変わったのは、大学4年の夏、原発や核開発に反対する市民運動にかかわったころから。素敵な女性たちにたくさん出会い、ドイツの女たちの反核運動のしなやかな強さにも魅了されました。弱いからこそ共通の痛みや苦しさを通して繋がれる。こんな感覚を持つようになって、女に生まれたことをなんとなく肯定できるようになりました。

卒業後は札幌市内で教員になり、公立中学校と高校で9年間、その後縁あって現職の女子中高一貫校で働くことなり、もうそれから20年近くたちます。

女子校の最初の印象は鮮烈でした。女子しかいないのに、生徒たちの多様性とのびやかさ。言いたいことを口にし、好きなら好き、嫌いなら嫌いと自分を語れる子が多いこと。まぶしい程でした。そして、生徒と教員が人と人としてつながっている感覚。この「話せばわかる」という人間らしい信頼感が新鮮だったのは、前任の公立中学校は、暴れる男子生徒を指導部の教員が高圧的に抑え込む世界だったからです。女子校に来てみて、この「威嚇」するという、一部の男子に照準を合わせた共学の体制維持システムは、おだやかに話せばわかる大多数の生徒たちには本当に迷惑だろうと思います。

そして、女子校は、当たり前ですが、女子のためにすべての教育活動――授業も生徒会も部活動も――展開されているのです。どれだけ積極的になっても応援してもらえる。クラスの役職はどんどん立候補で決まっていきます。授業中も脚を大きく開いて座り、大声で笑い合って、そして、たくさん泣いて気持ちをシェアする生徒たち。ありのままでいられる心地よさを私も感じていました。共学の中学から来た生徒たちも呼吸が楽そうです。私も女子校に通っていたら、いま目の前にいるのびやかで安らかなそしてまぶしい生徒たち、こんな風になれたのかなあと、当時の自分を教室の隅にそっと置いてみたりします。

中学校で男子から受けた心無い言動が原因で、女子校を選んで入学してくる生徒が毎年一定数います。女子校はそんな女子生徒たちのシェルターとしての機能を今も持ち続けています。とりわけ、女子中学の存在意義は大きいと感じます。心と体が成長し自分探しをする12-15歳の年齢で、男子に遠慮せずにたくさんのチャレンジができる環境は、“女子力”ではなく本当のGirls Powerを発揮する場ですし、また自分を肯定的にとらえる土壌とも言えます。

女子校で働いていると、ついつい男子校のことが気になります。男子校ってどうなんでしょう?不登校、引きこもりの7割が男性と言われていますが、男性に対する「強くあれ」という社会的重圧がその一因だとするならば、男性のそんな生きづらさを男子校は救ってくれるのでしょうか?家父長制の再生産が行われていなければいいのですが・・・どうでしょうか?


黒岩 萌実(教員)

プロフィール
東京生まれ。新潟の魚沼地方で育ち18歳で札幌へ。市内の公立中・高勤務を経て、現在北星学園女子中学高等学校に勤務。担当は英語。南アジアを旅してカレーを食べるのが大好きです。

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