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美味しいパスティーシュを作る作家(ホロヴィッツの職人芸)

 Anthony Horowitz


 アンソニー・ホロヴィッツという作家さんが快挙を成し遂げています。

 その著作が、3年連続で、その年の海外翻訳ミステリーNO.1に選出されているのです。
 しかも、自分がいつも参考にしている「このミステリーがすごい!」だけでなく、他のランキングでも総なめ状態なのです。

『このミステリーがすごい!』海外編第1位 
『〈週刊文春〉ミステリーベスト10』海外部門第1位
『2021本格ミステリ・ベスト10』海外篇第1位
『〈ハヤカワ〉ミステリが読みたい!』海外篇第1位

 この4つの年末ランキングを3年連続なんですよね。これって、いろんな趣向の中、多くの人が面白かったっていう評価なのがスゴイと思うのです。

 ということで、今回は、そんなアンソニー・ホロヴィッツについて ”note” したいと思います。


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 アンソニー・ホロヴィッツ(1955年4月5日 - )は、イギリスの小説家ですが、もともとTVドラマの脚本家をしていた人で、『名探偵ポワロ』や『バーナビー警部』、『刑事フォイル』などの作品を手掛けています。
 作家としては青少年向けのYAシリーズを多数著していますが、注目を浴びたのは、シャーロック・ホームズシリーズの正式な続編として発表された『絹の家』などのパスティーシュ作品からなのです。

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ホームズの下を相談に訪れた美術商の男。アメリカである事件に巻き込まれて以来、不審な男の影に怯えていると言う。ホームズは、ベイカー街別働隊の少年達に捜査を手伝わせるが、その中の一人が惨殺死体となって発見される。手がかりは、死体の手首に巻き付けられた絹のリボンと、捜査のうちに浮上する「絹の家」という言葉……。

 第2弾の『モリアーティ』も含めて、あのコナン・ドイル財団が正式な続編としている公認のホームズシリーズなのです。


 そして、続いて発表されたのは、ジェームズ・ボンドシリーズの新作『007 逆襲のトリガー』

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ゴールドフィンガー事件の後、ボンドは任務先でロケット開発に対するソ連の妨害行為を察知。スメルシュと接触する韓国人実業家のシンに目をつけ、米国の記者と名乗る美女・ジェパディと共に調査を開始する。

 これまでも、別の作家さん(あのJ・ディーヴァーも含めて)がシリーズ作品を手掛けているのですが、何かと厳しい制限のあるというイアン・フレミング財団公認の作品なのです。


 これらの作品は、いわゆるパスティーシュなのですが、ホロヴィッツがすごいのは、文体や文章が本家に忠実に模倣されていることらしく、それぞれの財団から高い評価を受けているところです。
 物語の内容についても、他のシリーズ作品とつながる部分もあったりして、ホロヴィッツ自身、このシリーズを読み込んでいるのが良くわかる作品で、シリーズ愛にあふれてると思います。。

 ただ、内容や作風を緻密に真似るホロヴィッツの職人芸には感心させられるものの、物語としては普通に面白い作品って感じで、飛びぬけたものではなかった印象でした。


 そのホロヴィッツの転機となったのが『カササギ殺人事件』。
 2018年中の4つのランキングで1位となった作品です。

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1955年7月、サマセット州にあるパイ屋敷の家政婦の葬儀が、しめやかに執りおこなわれた。鍵のかかった屋敷の階段の下で倒れていた彼女は、掃除機のコードに足を引っかけて転落したのか、あるいは……。その死は、小さな村の人間関係に少しずつひびを入れていく。燃やされた肖像画、屋敷への空巣、謎の訪問者、そして第二の無惨な死。病を得て、余命幾許もない名探偵アティカス・ピュントの推理は――。現代ミステリのトップ・ランナーによる、巨匠クリスティへの愛に満ちた完璧なるオマージュ・ミステリ!

 この作品が面白いのは、現代のイギリス出版界を舞台にした話の中に、登場するミステリー作家の架空の推理小説が、作中作としてスッポリと挿入されている部分なのです。
 この作中作が、そのままクリスティのパスティーシュになっていて、舞台や道具立て、雰囲気がクリスティっぽいんです!

 この作品では、作中作のパスティーシュ部分だけでなく、現代パートの方にも仕掛けがあって、こちらは実在の人物が登場してくるんですよね。
 ホントのクリスティの関係者が出てきたり、いろんな作家や出版関係者が出てきたり、そういうメタな展開が面白かったのです。


 ホロヴィッツはさらに、新しい探偵役を創造して、新たなシリーズを手掛けていくことになるのですが、それが『メインテーマは殺人』(2019年の1位)、そしてシリーズ第2弾の『その裁きは死』(2020年の1位)なのです。

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自らの葬儀の手配をしたまさにその日、資産家の老婦人は絞殺された。彼女は自分が殺されると知っていたのか? 作家のわたし、アンソニー・ホロヴィッツは、ドラマ『インジャスティス』の脚本執筆で知りあったホーソーンという元刑事から連絡を受ける。この奇妙な事件を捜査する自分を本にしないかというのだ。かくしてわたしは、きわめて有能だが偏屈な男と行動をともにすることに……。


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実直さが評判の離婚専門の弁護士が殺害された。裁判の相手方だった人気作家が口走った脅しに似た方法で。現場の壁にはペンキで乱暴に描かれた数字“182”。被害者が殺される直前に残した謎の言葉。脚本を手がけた『刑事フォイル』の撮影に立ち会っていたわたし、アンソニー・ホロヴィッツは、元刑事の探偵ホーソーンによって、奇妙な事件の捜査にふたたび引きずりこまれて__。


 このシリーズでは、探偵役が元刑事で性格に難ありのホーソーン、語り手となっているのが、アンソニー・ホロヴィッツ自身という設定です。

 探偵と語り手の構図としては、もちろん、ホームズの例にならうものなのですが、語り手が作者自身という設定の小説は数あれど、その作品世界が、作者自身の現実世界とリンクさせているのは、このシリーズぐらいだと思います。

 第2弾の『その裁きは死』の中でのホロヴィッツは、『絹の家』を書き上げて、2作目の『モリアーティ』に取り掛かろうとしているところで、イアン・フレミング財団からも声がかかったという話もあるので、2011~2012頃の実話だと思われます。
 なので、読んでいると、作家ホロヴィッツの実体験談?みたいな感じで物語が進むのです。

 もちろん、ミステリーの方も、殺人事件と、動機を持つ関係者への聴取など、フーダニットの王道を行く構成で、新しさはないものの、ていねいに伏線を回収してくれるのです。

 このシリーズは10作を予定してるらしいので、続巻の中で、謎の多いホーソーンのことや、ホロヴィッツのその後、いずれはシリーズ第1作の『メインテーマは殺人』を出版していく様子なども描かれるに違いないのです。
 今年は『カササギ殺人事件』の続編も発表されるという事なので、4年連続があるのか?というのが話題になりそうだと思っています。


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 このホロヴィッツのようにパスティーシュを得意とするような器用な作家さんは、作品に賛否両論が付きものなんですよね。
 ホロヴィッツの作品も、激賞される一方で、酷評もされてたりするのをよく見かけます。
 ランキングが上がれば期待値も上がるし、期待値が上がればズレがあった時のガッカリ度も上がるという典型的なパターンだと思うんですよね。(自分の期待通りじゃなかったことをもって酷評するのはいかがなものか....)

 まあ、ランキングというのは最大公約数的なものなので、作品のすべて表してるものじゃないことに留意しながら、その作品の面白いとこを見つけながら読むと楽しいんじゃないかと思います。
 そういう意味で、ミステリー愛に溢れるホロヴィッツの作品は、十分に楽しめる作品だと思うのです。