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映画も音楽も倍楽しむ!映画『ユダ&ブラック・メシア〜裏切りの代償』とサントラを音楽ライター池城美菜子さんがレビュー。

「ブラックパンサー」「クリード チャンプを継ぐ男」のライアン・クーグラー製作、シャカ・キング監督!黒人解放運動を展開した政治組織「ブラックパンサー党」のカリスマ指導者フレッド・ハンプトンの生涯を追った伝記映画『ユダ&ブラック・メシア〜裏切りの代償』

今年2月に全米公開され、第93回アカデミー賞では作品賞のほか、脚本賞、助演男優賞など計5部門で6ノミネート、2部門で受賞を果たし注目を集めた同映画が、ついに日本でもDVD/ブルーレイにてリリースされました。

映画の公式サウンドトラックには新旧豪華アーティストが参加し、なかでもエンディング曲となったH.E.R.が歌う「Fight For You」はアカデミー賞の「歌曲賞」を受賞し、大いに話題となりました。

そこでブラックミュージック・シーンに精通している音楽ライター、池城美菜子さんにこの映画の感想レビューと、公式サウンドトラック『Judas and the Black Messiah: The Inspired Album』の聴きどころを解説して頂きました。
映画を観た人もまだ観てない人も、読んでおくとより理解が深まり、さらにサントラも聴いてみたくなること間違いなしです!

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「ああ、これは映画館で観たかった!」
日本でDVDとブルーレイでリリースされたばかりの『ユダ&ブラック・メシア〜裏切りの代償』を観ながら、何度も思った。1969年に21才の若さで命を落としたブラックパンサー党イリノイ支部のフレッド・ハンプトンのバイオピックであり、彼を陥れるためにシカゴ警察によって党に潜入させられたビル・オニールとの死闘の物語だ。

第93回アカデミー賞の締め切りと同月、2021年2月1日に公開され、最優秀作品賞、助演男優賞(主演格の2人とも!)、脚本賞、歌曲賞、撮影賞にノミネートされた。そのうち、ハンプトン役のダニエル・カルーアが助演男優賞を、H.E.R.が歌う「Fight For You」が歌曲賞を受賞。賞レースがすべてではないけれども、映画祭でも高く評価されたブラック・ムービーの傑作が映画館で公開されないのは残念でならない。コロナ禍が恨めしいし、もっと地味なアカデミー賞関連作『ノマドランド』と『ミナリ』は公開されたのに!ブラック・ヒストリーの軽視ですか!と八つ当たりに近い想いもある(あ、『ノマドランド』も『ミナリ』も、映画館で観ました。どちらもすばらしかった)。

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気を取り直して。ネタバレを避けつつ、知っておくと物語がわかりやすい予備知識を。

本作のログラインは「ブラックパンサー党の若きリーダー、フレッド・ハンプトン(=ブラック・メシア)の暗殺と、刑務所行きを逃れるために密告者として党に潜りこんだウィリアム・オニール(=ユダ)の葛藤」。ブラックパンサー党は、1960年代の後半から70年代前半に大きなムーブメントとなった政治組織、地域支援団体だ。当時、多くの知識人や意識が高かった人々同様、共産主義に傾倒していたため、共産主義と黒人の公民権運動両方への弾圧に力を入れていたFBI、とくにエドガー・フーヴァー長官のかっこうの標的となった。FBIはその手先となったシカゴ警察を巻き込み、法を守る側とは思えないありとあらゆる内部工作を仕掛ける。フーヴァーの過激さはレオナルド・ディカプリオが怪演した『J・エドガー』(2011)がわかりやすい。本作『ユダ&ブラック・メシア〜裏切りの代償』でのマーティン・シーン演じるフーヴァー長官は、ホラーかと見紛う怖さだ。

最大の見所は、ハンプトンのカリスマ性を再現したダニエル・カルーア(ジョン・ピール監督『ゲット・アウト』)と、「歴史的な密告者」として名前を残したビル・オニール役のラキース・スタンフィールドのガチンコの演技勝負だろう。オスカーのみならず、ほかの演技賞も受賞しているカルーアはもちろん、『ストレート・アウタ・コンプトン』のスヌープ・ドッグ役、ドナルド・グローヴァー(aka チャイルディッシュ・ガンビーノ)のドラマ『アトランタ』のダリアス役でも印象的な演技を見せたスタンフィールドの存在感が凄まじい。大のダリアス好きである私の贔屓目もあるだろうが、ただの車泥棒で政治的な関心が低かったビルが、ハンプトンおよびブラックパンサー党に共鳴しつつ、裏切り続けるしかない運命に翻弄される心情の揺れを、スタンフィールドが視線の動きひとつで表現していて目が離せなかった。

主要なブラックパンサー党員には、『ムーンライト』で主人公の10代を演じたアシュトン・サンダース、『デトロイト』でザ・ドラマティックスのラリー・リードを演じたアルジー・スミスなどここ数年の話題作で頭角を現した俳優を揃えている。制作陣も比較的若い。監督のシャカ・キングは41才、ニューヨーク大学でスパイク・リーに師事しているため、そこはかとなくスパイク・リーイズムが漂う。脚本は彼とウィル・バーソン、ストーリー作りにはさらに双子コメディアンのルーカス兄弟(36才)が参加。シャカ・キングとルーカス兄弟の先鋭ブラック・クリエイターの3人に、ユダヤ系のウィル・バーソンが加わった形だ。バーソンはハーレム生まれ、ハーバード大卒の白人である。この4人で組み立てた描写、セリフはまったく無駄がなく、それでいてわかりやすい。

映画のスコアはベテランのマーク・イシャムとジャズ・トランぺッターのクレイグ・ハリスが担当。H.E.R.の「Fight For You」を含めたインスパイアード・アルバムもリリースされ、こちらはNas、ジェイ・Z、ザ・ルーツのブラック・ソート、ラキム(!)らベテランから、レコーディング時まだ10代だったナード・ウィックやプー・シエスティまでが参加。29人で22曲分のラップや歌、語りでハンプトンおよびブラックパワーの先駆者たちへの思いを綴った作品だ。

エグゼクティヴ・プロデューサーは最近、乗りに乗っているヒット・ボーイ。彼はラッパーとしても4曲に参加している。映画本編に即してのサバ、BJ・ザ・シカゴ・キッド、G・ハーボ、ポロ・G、バンプ・Jのシカゴ勢が多いのも特徴だろう。Black Lives Matterを念頭におき、社会情勢に目配せしている曲が多い。ポロ・Gは「Last Man Standing」で“俺はフレッド・ハンプトンみたいなシカゴのリーダー”と宣言しているし、シーモとサバの「Plead The 45th」はジャジーな曲調ながら逮捕された直後の設定で聴かせる。“あの少年をカメラの前で殺しておいて、堂々と外を歩き回っているってどういうこと?(Killed that kid on camera, still walking 'round hella comfy)”と核心を突くホワイト・デイヴとヒット・ボーイの「Appraise」、マセーゴとJIDとラプソディの「Somethin’ Ain’t Right」あたりも、借り物ではない切迫感が漂う。

歌ものもいい。BJ・ザ・シカゴ・キッドがネオ・ソウル(というかディアンジェロ。そういえば彼の最新アルバムは『Black Messiah』だ)にがっつり寄っている「Letter 2 U」、レゲエのダブを取り入れたSiR「Teach Me」は、音楽的にも黒人史を織り込んでいて見事だ。

そして、H.E.R.の「Fight for You」。映画の時代に合わせ、カーティス・メイフィールドやマーヴィン・ゲイを思わせる曲で、[ソウル・ミュージック]と呼ぶほうがしっくり来る。H.E.R.と一緒にプロデュースしたDマイルは、グラミーの最優秀楽曲賞に輝いた「I Can’t Breathe」でも組んだブルックリン出身のハイチ系アメリカ人のプロデューサーだ。最近はブルーノ・マーズとアンダーソン・パークのシルク・ソニック「Leave the Door Open」でも手腕を発揮。日本では‘ブルーノ・マーズが提供した’点ばかりが喧伝された嵐の「Whenever You Call」をブルーノと一緒に作ったのも彼だ。メロディー重視のポップに絶妙にR&Bをまぶすあたりに、Dマイルの師匠であるロドニー・ジャーキンズの匂いも立ち上る、と指摘すると「あー!」と納得するR&Bファンも多いのでは。

H.E.R.に話を戻すと、「Fight for You」は問題提起をしつつも最後はポジティヴなトーンで終わり、映画のエンディング・テーマとしてふさわしい。デビュー・アルバム『Back of My Mind』に大きな賞を獲った「Fight for You」と「I Can’t Breathe」を収録しなかったのが話題になったが、アルバム全体のテーマを重視した結果だろう。

インスパイアード・アルバム内で「Fight for You」以外で話題になっているのは故ニプシー・ハッスルとジェイ・Zのヴァーチャル共演曲「What It Feels Like」だ。ニプシーは2019年3月に凶弾に倒れた元ギャングのラッパー/活動家であり、ジェイ・Zとフレッド・ハンプトン・ジュニアの両方と親交があった。実は、フレッド・ハンプトンが亡くなった1969年12月4日に生まれたジェイ・Zは、ハンプトン・ジュニアから糾弾された過去がある。カニエ・ウェストとのコラボ・アルバム『Watch The Throne』(2011)の「Murder to Excellence」で “I arrived on the day Fred Hampton died—real niggas just multiply(俺はフレッド・ハンプトンが死んだ日に生まれた/本物のニガーは増殖するんだ)” とラップしたところ、活動家でもあるジュニアが講演で「父は死んだのではなく、暗殺された」と婉曲表現に不快感を示したうえ、“スレイヴ・Z”とまで言って客席が静まり返ったそう。ジェイ・Zは反論せず、10年後に“I arrived on the day Fred Hampton got mur-hold up: assassinated, just to clarify it further(俺はフレッド・ハンプトンが殺された‥おっと暗殺された日に生まれた/この際はっきりさせておこうか)” とラップし直したうえ、この曲のギャラをニプシーとハンプトンの遺族へ半分ずつ寄付している。ジェイ・Zらしすぎるというか、自分が口撃されても相手に言い分を慮る冷静さと、彼の器の大きさを伝える話だ。

『ユダ&ブラック・メシア~裏切りの代償』は半世紀も前の話ではあるが、終盤で「ハンプトンは寝込んでいるところを警官に殺された」と強調しているのは、2020年に爆発したBlack Lives Matterへの目配せだ。ムーブメントの契機となった犠牲者のなかで、ブリオナ・テイラーさんは誤捜査で寝ているあいだに8発撃たれて亡くなったためとくに人々の怒りを買い、大坂なおみ選手も2020年のUSオープンの初戦で彼女の名前が入ったマスクを着用した。

映画中、密告者の悲運をたどったビル・オニールが、ブラック・リーダーについて大して思い入れがなかったと答える場面がある。分断が進む世の中で「我関せず」の立場はときとして危険だと警告されているようで、ここ1、2年「自分の考えはあるけど、意見が異なる人との言い争いを全力で避ける」と決めている私は少し耳が痛かった。そういう意味でも、『ユダ&ブラック・メシア~裏切りの代償』は2021年らしい作品であり、高評価の理由はそこにもあるだろう。来年にはストリーミング・サーヴィスにも来る予定ではあるが、できれば今年のうちに観ておきたい映画であり、聴いておきたいサントラである。


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