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製造業の変革期に求められる日本の技術②

製造業の変革期に求められる日本の技術①」から続く

「Society5.0」で求められる日本の技術

(2) エネルギーや資源の循環型社会を目指す脱炭素技術

自動車産業の未来を大きく左右するもう1つの領域が、電気、水素、バイオ燃料などによる脱炭素技術の確立となります。

世界各国の温暖化ガス排出量のセクター別割合は、国の産業構成によって差があるため、削減に向けてのロードマップも必然的に異なっています。

基本的に欧米諸国では輸送機器向けの比率が高く、日本や中国などのアジア諸国は発電や産業用の割合が高くなっています。

脱炭素というと、米国テスラ等が取り上げられることが多いため、電気自動車(EV)に注目が集まりがちですが、発電による温暖化ガス排出量が相対的に低い欧米と一括りにして論じるのは危険です。

また、航空機、船舶、トレーラーなどの大型かつ長距離を移動する交通手段と、市街地の定期ルートを走る路線バス、短距離の配送用小型トラックや小型二輪車、電動立ち乗り二輪車などでは、輸送目的も運用条件も異なるため、一概に内燃機関の時代が終わったというように単純に論ずることはできません。

このような状況の中で、脱炭素時代の次世代燃料として石油会社の多くが取り組んでいるのがバイオ燃料、水素燃料、さらには合成燃料技術の実用化です。バイオ燃料とは、再生可能な生物資源(バイオマス)を原料にした燃料で、代表的なものとして
(1)サトウキビなどを原料として自動車のガソリンを代替するバイオエタノール、
(2)菜種などの植物性油を原料としてディーゼル燃料を代替するバイオディーゼル燃料、
(3)微細藻類や木材チップなどを原料として航空燃料を代替するバイオジェット燃料、
(4)家畜の排泄物や生ごみなどを発行させて生じるガスを原料として発電や熱供給用燃料を代替するバイオガスが挙げられます。

これらは燃焼をさせたときに二酸化炭素を発生させる点では、化石燃料と変わりませんが、原料となる植物の成長期に光合成で二酸化炭素を吸収しているため、トータルでカーボンニュートラルとなると考えられています。

バイオ燃料の実用化は一部始まっていますが、世界的な人口増加と将来予見されている食料供給と競合する問題や、生態系とのバランスを考えた利用となるため、活用には限界があるのも事実です。

水素の酸化・燃焼によって発生するエネルギーを利用する水素燃料や、水素と二酸化炭素を反応させてできる合成ガスを液体化して製造する合成燃料(e-fuel)も、次世代の脱炭素燃料として開発が進んでいます。

水素燃料のメリットは、燃料電池としても内燃機関(水素エンジンや水素発電)としても活用可能であることです。一方の合成燃料も、二酸化炭素自体を原料とするため温暖化ガス削減に一石二鳥であるだけでなく、既存の内燃機関や輸送システムをそのまま活用でき、航空機燃料にも利用できる高いエネルギー密度を有しているなど多くのメリットを有しています。

日本が従来から得意としている、内燃機関や燃料電池技術をそのまま生かすことができ、高い発電効率を誇る日本の石炭火力発電から発生する水素(グレー水素やブルー水素)と二酸化炭素を再利用できるなど、日本の実情に合った脱炭素化への貢献が期待できます。

低価格での水素合成や大量の二酸化炭素の回収といった原材料調達、水素発電タービンの商用化、水素ステーションなど供給インフラ面の整備等、課題は多数ありますが、水素燃料も合成燃料も、2030年代には大幅なコスト削減による普及や実用化を目指して開発が進められています。

エネルギーや資源の循環型社会を作ることで、製造業のサプライチェーンで排出される温暖化ガスの削減効果も期待できます。

(3) 人間中心の社会を実現する協同ロボットやサービスロボットの技術

「インダストリー4.0」では、産業用ロボットの活用や生産システムのIT化により、生産効率の向上や省人化が進んだ「スマートファクトリー」が実現してきました。

これをさらに一歩進め、企業や系列の枠組みを超えて、顧客や消費者の需要、各サプライヤーの在庫情報、配送情報を含むビッグデータをAIで解析することで、最適な在庫管理や生産計画が実現され、消費者が本当に求めている製品を多品種少量生産できる新たな「ものづくり」の形が模索されています。

さらに生産現場で人間と協同できるロボットを活用することで、日本の製造業が従来から得意としてきた生産現場での改善活動や匠の技術を活かして、迅速で正確なオペレーションを無理なく行うことが可能となります。

この結果、消費ニーズの変化への迅速な対応、災害時にも柔軟に適応できるサプライチェーンの構築、顧客満足度の向上や消費の活性化等により、国民生活を豊かにすると同時に、高い国際競争力を持つ製造業の育成が可能であると期待されています。

このように人間と協同することで、その能力を最大限活かすことができるAIやロボットは、少子高齢化が進む日本社会での様々な場面で求められています。

例えば、医療や介護の現場や災害時の復旧現場で人間を支援するサービスロボットが挙げられます。世界的にもロボットの生産台数は年々増加をしており、2022年には55.3万台の新たな産業用ロボットが製造されました。

うち、協同ロボットの占める比率も毎年着実に増加しており、2022年には10%を超えました。

業務用のサービスロボットも、前年比48%増の15.8万台と大幅に増加しています。日本は産業用ロボットの生産と輸出では世界のトップを走っており、2022年の生産台数は前年比11%増の25.6万台となり、世界シェアは46%を誇っています。

(4) 「超スマート社会」実現の基盤となるデジタル技術

ここまで紹介してきたのが、私たちが利用する完成品に近い応用技術とすると、ここから検討するのは「Society5.0」の社会を支える基礎技術と言えるものです。

この分野でのイノベーションが社会に与える影響は大きく、日本が目指す「Society5.0」の実現を左右すると言っても過言ではないでしょう。

最初に取り上げるのが、半導体をベースにしたデジタル技術です。

「Society5.0」で想定されている社会では、IoTで全ての人とモノがつながり、様々な知識や情報が共有される中で、社会の課題解決や新たな価値の創造が行われるため、これまでとは比べ物にならないほど異次元の量の情報を、瞬時に処理をしていくことが求められます。

1980年代に世界シェアの約半分を占めていた日本の半導体業界も、2019年には10%にまで低下しました。

半導体デバイスの性能を決定づける微細化プロセスの最先端は、台湾や中国のファウンドリへとその地位を奪われ、設計部分は米国のファブレスが中心的役割を果たしています。

半導体製造装置では31%、半導体素材では48%と高いシェアを誇っているものの、このままでは将来的に日本の半導体産業は死滅してしまうのではないかと危惧されていました。

しかし、近年こうした流れを大きく変えるような新たなトレンドとして、「Beyond Moore」という動きが高まってきています。これまで半導体の性能は、「半導体の集積率は18カ月で2倍になる」というムーアの法則に従い、半導体チップの集積率を高めていく微細化プロセスに依存していましたが、この流れが技術的にも投資効果的にも困難な環境になってきている中で、業界の構図が大きく変化しようとしています。

こうした変化を後押している流れの1つとして、半導体ユーザーの企業が、自社製品の特定のアプリケーション向けに最適な設計を行う「カスタム半導体」を挙げることができます。

この傾向は、ビッグデータの高速な並列演算処理が求められるAIの分野で顕著となってきています。もう1つは、2050年に向けて社会全体で推進される脱炭素化の影響です。「Society5.0」が想定するような超スマート社会では、異次元の量の情報が集積されて処理されますが、そこで必要となる消費電力も莫大なものとなります。

デジタル社会のニーズに応えながら消費電力を抑える方法として、半導体チップの集積率に依存しない技術が実用化されてきています。

例えば、半導体のチップを立体的に「3Dパッケージング」する技術や、サーバー内の電気配線を光配線に置き換えることで少ない電力での大量の情報伝達を実現する「光電融合技術」です。

これらの動きも業界地図を大きく書き換える可能性を秘めていると言えます。

このように転換期を迎えている半導体業界の中で、日本も経済産業省を中心に「半導体・デジタル戦略」を推進しており、半導体業界の再生を日本の「ものづくり」における競争力強化の最後の機会と捉えて、様々な施策を打っています。

9nm以下の最先端ロジック半導体の生産拠点として熊本県へのTSMC工場の誘致、2nm以下の次世代半導体の開発・製造を目指したラピダスの設立、パワー半導体、マイコン、アナログ半導体等の「レガシー半導体」の供給力強化など、すでに様々な取り組みが始まっています。

(5) 資源の制約を乗り越えるバイオ・スマートセル技術

もう1つ「Society5.0」の社会を支える基礎技術として取り上げたいのが、「バイオ・スマートセル技術」です。

バイオテクノロジーは「インダストリー4.0」においても重点領域の1つとされていましたが、「Society5.0」でも引き続き新たな価値創出の基盤となる技術とされています。

「スマートセル」とは、「細胞がもつ物質生産能力を人工的に最大限まで引き出し、最適化した細胞」を指します。「スマートセル・インダストリー」は、ゲノム解析で明らかになった成果と豊富な生物資源データをAIで活用して分析し、ゲノム編集技術やDNA合成などを活用して、健康・医療分野のみならず、工業分野、農業分野、エネルギー・環境分野に積極的に応用をしていこうという試みです。

「スマートセル技術」のものづくりへの適用は、主に以下の3つの形態で進むと考えられています。

1つ目は、
これまで化学的に合成されてきた原料や素材を「スマートセル」に置き換えることで、高い生産性とコストの削減を図る手法です。

例えば、高機能プラスチックの原料となるブタンジオールを、細胞機能の設計・改変を行うことで、トウモロコシやサトウキビから生成していく試みが代表で、今後は合成ゴム、自動車内装、香料、PETボトル、光学フィルム、繊維製品などの機能性素材に応用されていると見られており、2030年には全世界で200兆円規模の市場が見込まれています。

2つ目は
、これまで工業生産が困難であった物質を「スマートセル」の活用で進めていこうという流れで、こちらは新たな産業の創出につながることが期待されています。

例えば、抗マラリア剤として利用できるアルテミシニンは、ヨモギから抽出をされていましたが、工場での大量生産が難しいものの1つでした。アルテミシニンも、トウモロコシやサトウキビの細胞機能の設計・改変を行うことで、大量生産化に成功しています。

この他にも合成が困難な天然物への応用が期待されており、医薬品や食品生産に貢献をしていくと見られています。

3つ目は、
すでに紹介をしたバイオ燃料です。
こちらは化石燃料の代替により、輸送や発電などにおける環境負荷の軽減が期待されています。航空機燃料として活用されるバイオジェット燃料、自動車燃料として利用されているバイオエタノール、発電や熱供給で活用されるバイオガスが代表です。

「バイオ・スマートセル技術」は、微生物の発酵プロセスを活用した伝統的な日本の食文化や、素材技術でこれまで多くの研究成果を積み重ねてきた日本の強みを生かす分野として期待を集めており、2030年に世界最先端のバイオエコノミー社会の実現を目指した「バイオ戦略2020」に沿った取り組みが進められています。(山縣敬子・山縣信一)

<<Smart Manufacturing Summit by Global Industrie>>

開催期間:2024年3月13日(水)〜15日(金)
開催場所:Aichi Sky Expo(愛知県国際展示場)
主催:GL events Venues
URL:https://sms-gi.com/

出展に関する詳細&ご案内はこちらからご覧ください。

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