見出し画像

大学教員・研究者の任期制について

1. 大学教員(研究者)の任期制とは?

今、大学で研究や教育を担う教員は、多くが任期制となっています。
その目的は、「教員の流動性を高めることで、教育研究の活性化を図るため」と説明されます。

全ては平成8年(1996年)の大学審議会の答申から始まります。

『大学教員の任期制について-大学における教育研究の活性化のために-』(平成8年10月29日大学審議会答申)
大学の判断により、任期満了者の再任を妨げない運用も、逆に再任を認めない運用も可能とする。
・任期制は教員の流動性を高めることにより、教育研究の活性化を図ることを目的とするものであることから、他大学や研究機関、企業等との交流をできるだけ促す方向で、制度が運用されることが望ましい。
・再任審査の時期等については、当該教員の円滑な異動という観点にも十分配慮した上で定める必要がある。


その後、平成9年(1997年)に、大学教員の任期制を可能とする法律が成立します。

『大学の教員等の任期に関する法律』(平成9年法律第八十二号)
大学教員の流動性を高め大学における教育研究の活性化を図るために、大学教員等の任用に当たり任期を付すことができる


この法律に基づいて、各大学では教員の任期に関する規則が策定されています。
職位によって任期の期間は異なりますが、助教クラスだと1~3年、准教授・講師クラスだと3~5年といったところでしょうか。
任期更新(再任)にあたっては業績の審査があり、当然、実績の乏しい教員(研究者)は雇止めとなります。


2. 流動性を向上させれば良いわけではない?

これまで、「大学教員の任期制の促進が研究人材の流動性を高め、教育研究を活性化させる」と無邪気に信じられてきましたが、最近では、そう単純な話ではないことがわかってきています。

2017年には、東京大学総長(当時)の五神真氏が、任期無し教員の減少が国際競争力低下を招いたと述べ、若手教員(研究者)の雇用の安定化を訴えました。

「2004年の法人化以後、運営費交付金の減少、安全対応など管理コスト増により、基盤財源を年間200億円以上失った。任期のない40歳未満の教員は、10年間で520人も減り、国際競争力低下を招いた。新しい学問を創ることに挑戦するには若手雇用の安定化が不可欠だ。予算配分の透明化を全学で徹底し効率化することと財源の多様化を進める。雇用制度を改革し、300人の若手の正規雇用枠を生み出す。既に成果が出つつある」

2019年には、早稲田大学の清水洋教授が半導体レーザー業界の調査に基づき、『人材の流動性が高まるとスピンアウトが増え、イノベーションが育たなくなり技術開発の水準が低くなる』ことを指摘しています。

同年、文科省からも過剰な流動性促進による弊害を懸念するような指摘がなされています。
『国立大学法人等人事給与マネジメント改革に関するガイドライン』(平成31年2月)では、留意点として以下のように述べられています。

若手教員の安定的な教育研究環境と雇用の確保が求められており、安定性と流動性の一定程度の両立という難しさも存在する。若手教員にとっては、流動性は様々な機関での経験を積むことが可能となるというメリットを持つ反面、行き過ぎた流動性や無計画な流動性は、一つの機関で腰を据えて教育研究に取り組むことができず教育研究力の伸長やキャリアの向上を阻害するというデメリットもあり得る点に留意が必要である。


さらに、令和2年(2020年)の文部科学省による調査からは、「人材の流動化」が研究者にとって教育研究に専念できない要因の一つになっていることがうかがえます。
『若手教員が安定的に教育研究に専念できる雇用と教育研究環境の確保』という観点からの質問に対し、約8割(68機関)において40歳未満の大学本務教員数や割合が低下傾向にあると認識していることがわかりました。
その中で20機関が、低下傾向にある要因を「人材の流動化のため」と答えています


3. 世の中は「流動性向上絶対主義」から脱却

科学技術基本計画の変遷を見ると、非常に興味深いです。

第3期科学技術基本計画(平成18 年3月 28 日)
研究者の流動性を向上し活力ある研究環境を形成する観点から、大学及び公的研究機関は任期制の広範な定着に引き続き努める
第4期科学技術基本計画(平成23 年8月 19 日)
流動性向上の取組が、若手研究者の意欲を失わせている面もあると指摘されており、研究者にとって、安定的でありながら、一定の流動性が確保されるようなキャリアパスの整備を進める。
第5期科学技術基本計画(平成28 年1月 22 日)
大学及び公的研究機関においては、ポストドクター等として実績を積んだ若手研究者が挑戦できる任期を付さないポストを拡充することが求められる
第6期科学技術・イノベーション基本計画(案)(令和3年3月24日)
・研究力については、ノーベル賞受賞者は多数輩出しているものの、論文の量・質ともに国際的地位の低下傾向が継続している。特に研究力を支える若手研究者を取り巻く環境を見ると、任期付きポストの増加や研究に専念できる時間の減少など、引き続き厳しい状況が続いている
・博士後期課程への進学率の減少、若手研究者の不安定な雇用、研究者の研究時間の減少など、若手をはじめとした研究者の置かれている環境の改善は大きな課題となっている。優秀な学生が、経済的な側面やキャリアパスへの不安、期待にそわない教育研究環境等の理由から、博士後期課程への進学を断念する状況は、現在、大学や研究現場に蔓延している漠然とした停滞感の象徴であり、中長期的に我が国の競争力を削いでいる


このように、「流動性向上絶対主義」から、「人材の流動性と雇用の安定性のバランスを意識した研究環境の改善」へとシフトしていっていることがわかります。


4. 制度設計のこれから

以上のことに象徴されるように、「大学教員の任期制の促進が、研究人材の流動性を高め、教育研究を活性化させる」と無邪気に信じる時代は終わったように思います。
これからは、人材の流動性、雇用の安定性、キャリア形成、研究環境、研究の継続性、教育、若手の育成、国益といった多面的な観点から、データに基づいた制度設計を行っていく必要があると思います。

おそらく、平成初期には「研究の活性化のためには人材の流動性向上が良いと、どこかの偉い人が言っていた!」といったような感じで人材の流動性促進が絶対視され、その功罪を検証することなく、無根拠に信じられてきたのでしょう。
日本の研究力の衰退が、こういったデータ軽視の姿勢に起因するように思えてなりません。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

最後までお読みいただきありがとうございました!
大学改革にご関心のある方はこちらもぜひ↓


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?