5浪目の冬、僕は合格すれば昔の、元の自分に戻れると思っていた

 これは浪人の話だ。楽しい話じゃない。今は夜中の、というか朝の4時半だ。「深夜に書いた文章は後で読むと恥ずかしくなるからやめておけ」というのはよく言われることだし、僕も過去の失敗から十分それは実感しているつもりだが、吐き出さないとどうにかなりそうなので書く。まったく明るい側面のない、どうしようもなく暗い話だ。

 僕は5年浪人して医学部に受かった。5年間でかなり精神が削られた、というか擦り切れてしまったような気がする。大袈裟なのはわかってるが今はそんな気がしてしまう。もう説明するのもめんどくさいが浪人を経て僕は何もする気が起きなくなっていたのだ。やる気なんてどこにもない。

 有料自習室を借りていた時は、自習室に行ってずっと床と同化していた。個室だったから誰にも何も言われなかったし。何もせず、気がついたらいつのまにか時間が過ぎていた。親を心配させたくなかったからとりあえず出掛けはした。でも床と同化する毎日だった。 
 図書館に行って勉強すると言って出かけて、ネットカフェで時間を潰していたこともあった。まあお金がなかったのでそんなのは長く続かなかったが。漫画を読むでもなく、何をするでもなく、ただ時間が過ぎるのを待っていた。本当に中身のない、クソみたいな毎日だった。

 「何もする気力がない」と書いたが、文字通り「何もする気力がなかった」のだ。映画、本、漫画、その他諸々のエンターテインメントに触れる気力すらなかった。好きだった読書もできなくなっていた。あんなに好きで、大好きで何度もボロボロになるまで読み返した図書館戦争、植物図鑑、キケン、容疑者xの献身、イノセントゲリラの祝祭、陽気なギャングが地球を回す、アヒルと鴨のコインロッカー。全部読めなくなっていた。物語に触れることができなくなっていた。触れる気力がなかった。音楽も聴けなくなっていた。

 そんな中唯一触れられたのがラジオだった。僕が浪人生活で死なずにいられたのは、本当にラジオのおかげだ。オードリーのオールナイトニッポン。当時はまだradikoがなくて、何回も繰り返し聞くことができなかったから、YouTubeで繰り返し聞いた。何度も何度も、同じ週のラジオを聴いた。オードリーさんのオールナイトニッポンしか、僕は聴けなかった。不思議と若林さんと春日さんのトークは聞けた。楽しかった。本は本当に読めなくなっていたけれど、若林さんの本は読めた。好きだった。今も大好きだ。救われている。

 ラジオという新しいものには出会えたけれど、浪人する前大好きだったものはほとんど触れられなくなってしまっていた。それでも、僕は医学部に合格すれば全部元通りになると思っていた。小説も音楽も映画も全部合格すれば前みたいに触れられるようになると思っていた。その希望と、もう医学部に受からなかったら人生がどうにもならなくなってしまうという焦燥感だけでなんとか少しずつ勉強していた。
 
 でも受かっても変わらなかった。小説も、音楽も映画も、前みたいには見られなかった。映画は少しずつ見られるようになったが、小説がよめない。どうすれば治るのかも全く分からない。
 
 思っていたのと違う。元通りにはならなかった。もう正直よくわからない。自分がどんなだったかがわからない。合格すれば治ると思っていたのに。

 それだけで終わればまだ良かった。大学に入ってから、今までなかった不調も起きはじめた。息苦しくなって、どうやって息をしたらいいのかわからなくなって過呼吸みたいになったり、よく眠れなくなってほぼ毎回夢でうなされて起きたり。パニック障害なんじゃないのと大学の先生に言われた。調べたら、僕が浪人中からずっと病院で出されて飲んでいた薬はパニック障害の薬だった。

 心療内科に通いはじめても、あまり調子は変わらない。部活で迷惑をかけてしまうのが一番辛かった。部活中に過呼吸になって迷惑をかけてしまった。コロナ自粛がなかったら完全に辞めていた。3月ごろは本当に無理だった。この人たちと一緒にやりたいけど無理なんだろうなと思った。やりたいけど。

 今も寝られなくて文章を書いている。鬱じゃない時に読むと何を悲観的になっているんだろうと自分でも思うような文章だ。でもどうしたらいいのかわからない。薬をのんでなんとか落ち着いてるような奴が、バスケなんていう早い状況判断が求められるスポーツができるわけがないし、医者になるなんて尚更無理なんじゃないかと思う。病院に通えばよくなるのだろうか。医学部合格でも元にもどれないなら、僕は何をすれば元に戻れるんだろう。まあ元には戻れないのは薄々わかってるので、どうにか今の感じでやっていくしかないんだろうな。誰にも見せられない文章が出来上がってしまった。

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