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「水俣・福岡展」で

知らないから知ることから始めた

だが、
なぜ、こんな目に合わなければならないのか
なぜ、私だったのか
その問いには覚えがあった

なくした声 取り戻したのは書く力 書けなさが思い出させた描く力 描くことの先に居た人たち 見た景色 風 山 土 庭 根を生かすために花は枯れた あわいの先にみた神々の祝宴 狐の嫁入り 坂口恭平のうた 渡辺京二の手料理 カワイソウニ 不知火海 蛸 アルテリの赤 椿の赤 かつて私の身に起こったことは引き抜いても引き抜いても生えてくる 剃刀でまけて血と吹き出物で覆われた いっそ庭にしてしまえばいいと思った 私が抜いた私の髪の毛 私のものでない排水溝の髪の毛 よく似ていた

魂について考える

大学 調査委員会 文字起こし 果てしないメールのやりとり 学長が代わりました 担当が代わりました 申立に係る調査や処分相当に係る手続きは終了したと考えます ご理解ください ゴ理解クダサイ 黒で染め抜かれた白字の「怨」が揺れる 「ニセ患者」 匿名の声に私も問う 私はまだ本当に痛いのか 私が"本当の"被害者なのかわかるまで 言うまでもないと迷わず言えるようになるまで

抜いた髪に覆われた部屋の床を、よく眺めていた 浴室 あの帽子 折れた木 ヘドロに埋め立てられた前頭葉 猫 猫 猫 猫 狂った猫 400匹目の狂った猫 狂わされた 猫たち タイヤに轢き潰された白と黒のやわらかい耳 ピンク色の腸 椿 咲き溢れ腐り落ちる 赤 こうなるために産まれてきたんじゃない 巡礼 葬送 ゆるすこと ゆるせないこと それでも、私も言葉を信じなければと思う 石牟礼さんがそうしたように

一文字も無駄があってはいけません
石牟礼さんは言う

なぜ 私だったのか
答えを探して熊本の街をされき彷徨った大学3年の春
あの日、橙書店に呼ばれたのは宿命だった
無数の声が数年後の今を呼んだ

一度つぶれた喉が 鎮魂の歌を思い出す
なくした声が 噴き上がる
私のだけでない痛み
たった今、が、はるかな過去に重なる
同時にぜんぶがあるのだった

毒に侵された魚の味を、貝の味を
なぜか 知っているはずだと思った
あの海の浅さを 知っているはずだと思った
石牟礼道子の産まれた69年後の3月11日
同じ日に産まれた私は水俣病を知らない

知らないから知ることから始めた

むかしむかしのものたちが、幾代にも重なり合って生まれ、ひとりの顔になるのだと思われる。人に限らず畜生たちに限らず、その吐く息をひそかに嗅いでいるとき、志乃はそう思う。とても一代やそこらで、あんな生ぐさいような息が吐けるはずはない。人の来て立つ気配も座る気配も千差万別でいて、ひとりひとりが重なるものを持っていた。志乃は死んだものたちの思いの累りのようなものをいつも感じる。自分はもう未来永劫の中の人間だけれども、前世のように思えるこの世と、ぷつんと切れているわけではない。

石牟礼道子『十六夜橋』より

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時々思う
もう、いま対峙しているのは
性被害のことだけではないと
私にそういうことをした、あの人間
先生、と呼んでいた頃のことをなつかしく
いとおしくすら思う
なにもかもがわからない
私の顔も、もう忘れただろう

なぜ なのか
なぜ

まだ問うか
.
.
.
水俣・福岡展 ホールプログラム 2023.11.7

米本浩二さんと石牟礼道生さんのトークの2日後
再び、アジア美術館へと身体を運んだ

水俣病患者の小笹恵さんのお話
語りに呑まれ、一文字も書き取ることができなかった
受け取りました、と言うことも憚られる
ただ受けた
この身に、その語りを受けた
少女のような赤いワンピースの白い襟が、眩しく灼きついた

哲学者の小松原織香さんのお話
事前に、ご著書『当事者は嘘をつく』を読んだ
勝手に共鳴してしまう叫びが身体の奥を斬るようで、
目でしか読めなかった
隠さず言えば、読後すぐは、反発するような気が湧いた
私は研究者にはなれなかった、これは私の物語ではない と
そんな気持ちは、小松原さんのお姿と声に直に接し、
直ぐに消し飛んだ

.

赦し、とはなんだろうか

ぜんぶをなにかのせいにしたい気持ちがやまないのは
私の生来の恥ずべき病なのか
あの出来事がきっかけなのか
いつまでも口籠もるように、出来事、と言ってしまう
事件、と、被害、と言えたら楽なのに

ここから先は言葉がなくなる世界の領域
痛みと沈黙の海底で
うしなわれたものたちの歌を聴く
癒しは、救いは、赦しは、
もう
原始からそこにしかなかったのだから
悶えの奔流によって蘇る
あの あざやかに豊穣な深い海に

私は
また
潜り
魚に
貝に
鳥に
猫に
成る

.
.
.

ほんとうに
うたうべきときがきた
さようなら

空が燃える
空が燃えるから
ああ燃えているから
さようなら

さようならをいうと炎があがる
ほそいほそい声でうたを
さようならをうたう
すると わたしが発火して燃える
さようなら

石牟礼道子「夕焼」
『完全版 石牟礼道子 全詩集』より 

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