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過去のトラウマが原因?万引きを止めることのできない「窃盗症(クレプトマニア)」

今回は、最近話題になることも多い「窃盗症(せっとうしょう)」について。刑事弁護の世界では、結構有名な病気なのですが、まだまだ知られていないですよね。

アルコールや薬物、ギャンブルに対する依存症と同じ様に「万引き」が「やめたくてもやめられない」という病気、それが窃盗症(別名クレプトマニア)です。

マラソンの元日本代表の原裕美子さんが、その苦しみについて書かれた手記「私が欲しかったもの」(双葉社)を出版されたり、最近ドラマになった「イチケイのカラス」(浅見理都先生|講談社)の原作のストーリーでも登場するなど、徐々に認知される様になってきている病気です。

年間10万件とも言われる万引き事件の1−2割が、この窃盗症によるものとも言われているので、実は日本社会の中には、この病気のたくさんの患者さんがいらっしゃるはずなのです。

ただ、この窃盗症、「依存症」としてはやや特異で、その実質が理解されにくい部分もあるので、今回は、その点を突っ込んで解説してみたいと思います。

1:なんで万引きするのか、理解してもらえない

クレプトマニアが理解されにくいのは「なんで万引きするの?」という点が、一般の人にはとてもわかりにくい点。

アルコールや薬物、ギャンブル、あるいは、性的な行為についての依存症であれば、そういった行為から得られるものが、ある程度一般の人にも、共感しやすくわかりやすいのです。

ストレス解消のための手段なんだろうな、何か理由があって精神的なバランスを崩すなかで、過剰にのめり込んじゃったんだろうな、というストーリーが一般の人にも頭に浮かびやすいので。

でも、万引きとなると「え? それがどういうふうに、ストレスの解消になるの?どうしてそれが心のバランスを保つための手段になるの?」というのが、どうにもわかりにくて共感してもらいにくい。

しかも、被害者のいるタイプの依存症なので、社会的にも「許せない、自分勝手だ」というところに結びつきやすいんですよね。そのあたりが、当事者にとって、辛いタイプの病気だと思います。

2:依存症について、もう一歩深く

窃盗症について理解するには、まず依存症全般について、もう一歩踏み込んで、理解する必要があります。

依存症になる方の、依存の対象(嗜癖対象)の使い方というのは、普通の人と全く違います。娯楽の手段、ストレス解消のための手段というところをはるかに越えているんです。

薬物依存の世界ではよく言われることですが、依存症になる方は、自分が生きていく上でのストレスや苦しみに対してアルコールや薬物、ギャンブルや性的な行為の刺激を、意識的にせよ、無意識にせよ「自己処方薬/ある種の鎮痛剤」として用いています。

違法薬物というのは、ほとんどが元々は医療用の麻酔薬で、依存作用が強すぎて禁止になったものであることを考えると、なんとなくつながってくると思うのですが、その作用は「快感を得るもの」というよりも、特に依存症の方にとっては生きていく上での耐え難い苦しみに対する麻酔薬、「鎮痛」の意味が大きくて。

そして、鎮痛剤というものは、使うほどに体が慣れていき、効果が小さくなってきてしまうため、徐々に効果の強いもの、多くの使用量を求める様になり、その作用が身体や精神を壊してしまうというサイクルになっていきます。

そのため「ほどほど」という使い方ができないんですね。娯楽やストレスという位置付けが、そういう楽しみ方ができる。度が過ぎて、苦しみを生み出すほどに、それを使うことが習慣になることなどないんです。幸福感がないので、自然とやめることになる。

でも「鎮痛剤」として使っているとなると。。。。ギャンブルやセックスなどでも同じで、よりお金のかかるもの、よりリスクの高い刺激の強い行為に向かっていってしまうのです。

これには、刺激の強いものの方が「目の前にある現実の苦しみから目を逸らせる」という意味があるからで、問題行為を起こすなどして社会的に追い詰められていくと、さらに依存症が深まるというのも、このあたりににカラクリがあったりします。

3:なる人、ならない人

先ほども書きましたが、ストレス解消のために、アルコールを飲んだり、(違法薬物はともかく)エナジードリンクや睡眠薬を使ったり、ギャンブルをしたり、性的な行為を楽しんだりというのは、一般の方でもやることですね。

どうして、依存症の人はいくところまで行ってしまうのか。そこにはもう一つ理由があります。

この分野の治療にあたっている専門家が口を揃えて指摘するのは「出身家庭」「トラウマ」の問題です。機能不全家族、アダルトチルドレン問題とも言われますが、虐待を受けるなどして過酷な養育期を過ごし、それをなんとか生き延びてきたと言う方の比率が非常に高いんですね。

そう言った過去が「こうであらねばならない」と考える強迫的な性格/行動特性を(その環境を生き延びるために)本人に身につけさせ、それが自然と自分を過剰に追い込んでしまう傾向に結びついているようです。

人間は、長期的には無理の効かない生き物で「頑張り続けるとブレーカーが落ちる」というか、元気がなくなって、自然と休息を取る様になります。しかし、なんらかの理由でそれが過去に許されなかった人たちは、「鎮痛剤的な何か」を使って心のバランスをとり、限界を超えて頑張りつづける方法を身につけている。その傾向が「依存症」を作り出すと言われてているんですね。

実際、依存症の方の一部は、大変な苦労をした養育期を過ごしているのみならず、凄まじい忍耐で何かを長期的に頑張った過去もお持ちの方が多いようです。先ほど紹介した原由美子さんは、「マラソン」という過酷な競技をしていたアスリートですし、手記に書かれたトレーニング過程などは、まさにそういった状況に当てはまるものでもありますね。

4:どうして「万引き」なのか?

最後に、窃盗症の理解のために、最も重要な点です。なぜ窃盗症の方は、依存対象として「万引き」を選ぶのか?、ということです。

依存対象の選択は、その人が置かれた環境次第で実行しやすいもの、きっかけのあるものが選ばれることが多いので、なかなかその理由は特定しにくいところではあるのですが。。。

ただ、アルコールや薬物の様に、手近にあるものを「自己処方」として使うというのは、窃盗症は、明らかに異なる特徴があります。それは「他人から奪う」という部分です。もちろん、他の依存症とは異なる、といっても「性的な依存症の一部は他人への加害を含みます」から、同じ様な傾向があるものもあります。

そして、そういった方々も含め、背景事情をお聞きすると、その方は「奪う前に、奪われている」という事情が見えてくることが多いのです。つまり、他人への加害行為である窃盗を始める以前に、誰かから何か、多大な加害行為を受けていて、それを持ち前の忍耐力で耐えてきているという経緯があるということ。

虐待経験や犯罪被害者としての経験は、その典型ですが「他人から自分の人生を奪われた」といっても良いくらいの痛みを抱えた方が「他人から奪う」ことを依存の対象として最終的に選ぶことが多いように思えます。

もちろん、それでも万引きは正当化されることではないし、復讐なのだとしても、「相手を間違えている」ことは指摘しなければなりません。けれど、窃盗癖の人が、万引き行為を行うことで「どうして精神的に満たされるのか」の答えは、このあたりにある様に思えます。

5:最後に、加害者の被害者性

最近の司法臨床では、再犯防止のためには、実は「加害者のケア」も大事なのだという話が出てきています。

それは「加害者は実は、犯行以前に被害者であった過去」があって、その過去がうまく消化されていないからこそ、バランスを取るために「加害者」に転じるのだ。その「加害者の被害者性」にこそ、治療の鍵があるとされているんですね。

その意味で、過去に奪われた経験がある者であるからこそ「奪うことで満たされる、心のバランスが取れる」という窃盗癖の方の心情は、この弱肉強食的な現代の象徴とも言えるものなのかもしれません。

窃盗癖の方は、よく「言い訳ばかりする」言われることがあるんですが、それはやや誤解で、実際、被害者であった過去もあった、辛かったことも事実なので、それをまず本人が周囲に支えられれて、受け止めることがプロセスとして必要なのです。

その上でようやく、自分がやったことは、関係ない人を巻き込んでいて、責任を取らなきゃいけないことだ、と思えるようになる、ということなんですね。

過去の被害経験が十分に語られて、本人の中で整理がついていかないと「どうして自分ばかりが責められるのか」と、どうにもバランスが取れない心情があって、混乱している心理状態の中では、自分の行動が正当化されてしまうのです。

とはいえこれは、窃盗症の方に限ったことではなくて、一般の人でも良くある心理状態でもあるんですけどね。

こんなふうに窃盗症は、その心理過程に複雑な面があって、またお一人お一人異なるので、そんな当事者の心理に深く関わってこそ、ようやく本当の解決に向かえるという意味で、私たち弁護士も含め、司法関係者にたくさんのことを教えてくれる犯罪でもあります。

動画バージョンはこちらです。


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