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経営的にはどうなのか?と、思うけど。やっぱり譲れないこと。

経営的にはどうなのか?と、思うけど

お菓子は

菓子屋は、

こうありたいな。

って思うこと。

昨日の、

#いたの里山マルシェに来ていただいた方々

ありがとうございました!

#エンカウンターコーヒー  の店主の

旦那に

いつも帰ってきてからマルシェの様子は聞いております^^

いつもありがたく、様々な方々とのやり取りを

聞いているのですが

今日はひとつだけ。

とても、とても、

嬉しいことを聞いたので

このnoteに記して置きたく。

書きます。

いつも

いたの里山マルシェと

とくしまマルシェに

来ていただいている方がおられると

前々から聞いていました。

いつも

コーヒーと

お菓子をひとつ。

何か選んで買ってくれると。

あぁ、とってもありがたいな。

と思っていたんです。

と、いうのは、

お金にしたら

通販でまとめて買ってくれる方よりも

小さな金額です。

それでも毎月毎月、

楽しみに来ていただけること。

これは

当たり前ではないと思うのです。

その行動が

とってもとってもうれしくって。

(もちろん通販で買って頂いてくれる方もほんとうにありがたく、

いつも、いつも。心から感謝しております。^^)

そしたら昨日。

お客さんが

#そぼくな 。のお菓子を

「1個で充分満足するんよね。“甘い”わけではないのにね。満足する。

ばくばく食べたい!ってならない。不思議。」と

お話してくれたようで。。

それを今朝、聞いてから

もう、嬉しくって嬉しくって。

私の目指すお菓子の在り方というのはそれで。

“”おいしい=甘い“”菓子の在り方で。

それって依存性が強く身体を蝕んでいくから。

わたしは

お菓子って、

本来、

心を潤すと

同時に身体もちゃんと潤していくようなものであって欲しい。

と思っている。

でも悲しいかな、

一時の不安や寂しさ、

ぼんやりとした心の隙間を一時

“”潤したように見えるもの“”があふれている。

それは

経営的なことを考えたら買ってもらわなければいけない、

商売だから保存性を高めなければいけなくって

甘さを強調しているのだろうけれど。

(逆に周りがそうだから、と考えずにやっている店も、あるっちゃある。)

そしてまた

その真逆で、

“”身体に良い“”だけを

うたっちゃって

素材の味を出してあげることを粗末にし

おいしさを潤すも(心を潤すもの)が抜けている菓子もある。

(だから私は有機やからおいしい!無農薬やから絶対的!とはまったく思っていない。おいしいものが、たまたま無農薬であったり有機栽培のものであったりするだけ。無農薬でも元気ない素材達っているしね。。)

ずっと思ってた。

両立した菓子があってもいいのではないか?と。

心も

身体も

本質的に

潤す菓子を。


それは量ではない

やはり

その菓子が

本来。

活き活きとしていたら、

一つの菓子で完結する、おいしさがある。

絶対に、ある。

味覚、触覚、嗅覚、それから

心で感じるおいしさがある。

それを

感じて欲しい。

少し立ち止まって。

今、

手にしているもの

口にしているもの

身体に触れているもの

それは人生を生きていくうえでの本質に

そっていますか、、?

食べ手に。

作り手に。

問いたい。

本来、

人に幸せを分け与える、

菓子業っていうのは

そうではないのかな?


その食べてくれる方の

人生を

心も

身体も潤して

支えて

“”源“”になるものを

作って焼いて、届けたい。

そうでありたい。


インパクとがある菓子を作るというよりも

その一つの菓子からじんわり潤す菓子を焼き届けたい。

そっと。


私はそんな菓子屋でありたいし、

それが

やはり、

そぼくな。をやる意味でありたい。

と店を出した半年前。


そしたら昨日のマルシェで

一人のお客さんに

このブログで、

インスタの文でもなく

“”そぼくな。の菓子“”を通して

それが伝わったことが

とっても嬉しかった。

とてもとても嬉しかった。


ほんとうに、お言葉を述べて頂きありがとうございます。

(読んではるかわからないけれど。(笑))


(もちろん伝え続けるということも、そぼくな。の一部やからこれからもnoteはやりますよ^^。)

一つの焼き菓子で

ほっこりと。

潤っちゃって。

満足しちゃったら。

経営的にはダメなのかもしれない。

たくさん買ってもらわないと成り立たないのかもしれない。

でも、

もう既に

一般より値段も高い設定で

売っちゃているから

お客さんからしたら

そんなに買えないし

食べられないわけで。


だからこそ


私は

その

ひとつの

菓子に

全力をこめて

仕事したい。


これが

私の考える、

わたしの

在りたい、菓子屋像です。


どんなに追い込まれても。


やっぱり

この部分を譲ったら

店やる意味が亡くなっちゃうんだ。


そぼくに焼いて

そぼくに向き合い

そぼくに届けるのです。


だから

そぼくな。です。


読んでくれてありがとう!

ゆ季


ps

ほんとは連休中に感じたことはたくさんあるのですが子たちもいるので発送のお菓子を焼くのが精いっぱいで書けず^^;無理してnote書いたり仕事を強行突破も出来るのですがそれをすると絶対どこかで家族が回らなくなる落とし穴が待っているのを雇われの時仕事をしすぎて経験しているのでやらない方向で今は仕事をしたく思っています。

明後日から学校も始まるのでまたぼちぼちとnoteに書いていきます^^


#人生とは

#菓子とは

#仕事とは

#職人とは

#とは

#焼き菓子

#焼き菓子屋

#焼き菓子屋そぼくな






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