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劉慈欣 三体 感想 ネタバレあり

ワクチン接種の日なのに眠れなくなってしまったので三体の感想を書こうと思う。

目次
・基本的に面白かった
・そうはならんやろ的なシーンもあった
・多分に中国的であると思った
・日本は中国にとっての三体世界である…のかもね
・人間を描けているSFは面白い
・中国SFもっと読みたい


①基本的に面白かった
総評。全体を通して非常に情報量が多く、人の心の機微の描き方が上手い。この小説はSFでありながら、サスペンスであり、恋愛小説?とも感じられる。
普段あまりSFに馴染みがない人にも受け入れられる下地がある作品なのではないだろうか。
翻訳者の腕も良かったのか、非常に充実した読書体験を得られたと思う。
面白かったという感想が多いのも頷ける。
個人的には重力制御や慣性制御、時間制御について少しは触れられたりするんだろうか、とか、人類の電脳化、義体化、パシフィックドグマ化などが描かれたりするのだろうか、とかちょっと期待していたのだが、そういう要素は(ほぼ)盛り込まれないまま終わっており、ちょっとだけ期待外れではあった。

②そうはならんやろ的なシーンもあった
一番『そうはならんやろ』と思ったのは程心がスイッチを押せなかったシーン。そもそも程心が執剣者に選ばれるというのもご都合主義っぽい感じ(というより左翼しぐさっぽいよなぁという感じ)があり、あのあたりは少しだけ展開が強引ではなかったか。
とにかくこの程心というキャラクターが不可解極まりないキャラクターで、読後の感想で一番強く感じたのは『こいつ何をのうのうと生き延びとるんや!』だった。オーストラリア移住の際に殺害されてないと絶対におかしい。
このキャラクターは後に2度目のミスである光速船の開発を中止させるというどデカいミスを犯すのだが、ここも『そうはならんやろ』ポイントで、これについても連合艦隊と星環グループとの間で合意が成立しそうなところをあえて問題があるような事象として描いており、展開が強引だなあと思うと同時に『このあとこの決定が裏目に出るんでしょ。知ってる。』となってしまった。
だいたい雲天明のおとぎ話を聞いてなぜ3次元→2次元という発想が出てこない展開になっているのだ。次元戦闘については4次元↔3次元の大きな布石が描かれているのみならず、SF作品としてヤマトからR typeから沢山の示唆があるやんけ!と思ってしまった。気付け気付け。
話を光速船に戻すが、播種船の建造は人類の生存にとって必要不可欠なのだから中止させる流れはどう考えても無理筋ではないか。雲天明のおとぎ話の中でも船に乗って逃げるという結末が伝えられてるじゃんね。
挙句の果てには人類ほぼ滅亡である。読みながらポプテピピックよろしく『お前お前お前ーーーー!!!!』と思ってしまった。
とにかく程心というキャラクターの扱いに関しては強引な描写が非常に多かった。
最序盤の葉文潔の行動も度し難いというか、まあ強引なのだが、これは物語の展開上仕方ないとメタに割り切れるところも……ある、ということにしておこう。あれがないと三体人は地球に来ないもんね。
物語の展開的に仕方ないと言えば、暗黒森林理論も少しだけ違和感があるのである。
本来なら抑止と繁栄が宇宙における知的生命体の目的なはずなのに(少なくとも攻撃の理由として作品中にそう描かれている)、暗黒森林理論ではそれが「やられる前にやれ!見つけたらすぐ殺せ!なんなら次元収縮(=自爆)も辞さない!」なのはちょっとおかしくないか。まあここもメタ的に割り切って読めないこともないので、まあいいか。

③多分に中国的であると思った
責任感の描き方のような部分では、この作品は私達が過去から考えているような中国的な側面が感じられるように思う。衆愚政治と中央集権政治の対比のようなものも見られ、中国っぽいなと感じた。
何より宇宙における異星文明(あるいは人格を持つ者たち)のパワーバランスのとり方が抑止、あわよくば殲滅なのは中華史における諸国勃興を如実に感じさせ、『ああ、俺たちが知っている中華思想の人が書いてるんだな』という感じで、実に中国的である。
この本から学ぶべきところの一つに『中国とは本来より共存という道を選ばない国なのだ』というところがあるのではないか。
劇中の登場人物としては面壁者の妻もそうだが、智子(ちし)が、一見貞淑でありながら実は腹黒く邪智暴虐な日本人アバターとして描かれているのもまたいかにも中国的である。(智子は最後は中国人の召使いロボットとして描かれるようになる、と書くと流石に穿ち過ぎか。)

④日本は中国にとっての三体世界である…のかもね
先に書いたように、智子は日本人アバターとして描かれている。和服や茶の湯、何より智子(ちし=ともこ)という名前。三体人のイメージに日本的な要素をあてがっている。読みながら感じたのは、中国人にとって(少なくとも作者にとって)日本人とは侵略的な人格という位置付けなのだな、ということ。
現実世界では経済規模としては中国は既に日本を上回っているが、中国としては未だに『日本は技術立国で油断がならず、いつ攻めてきてもおかしくない国』と思っているのだろうか。さすがにそんなことはないと信じたいのだが、我々こそ中華思想に油断は禁物。勝てばよかろうなのだ!という相手かもしれないと暗黒森林的な姿勢について、本書より学ぶべきなのかもしれない。

⑤人を描けているSFは面白い
最初に①でも書いたが、本書はSFガジェット的な意味ではわりかしおとなしい部類の作品であると言わざるを得ない。過去から『宇宙人が攻めてくるぞ!』というモチーフの作品は沢山描かれているが、21世紀になった今であれば、もっと沢山の未来ガジェットなイメージが実現したものとして描かれていても良かったのではないかと思う。
だがこの三体という一連の作品で本当に評価されるべきなのは人物描写が巧みである点なのではないだろうか。序盤では不可解なカウントダウンに悩むような描写や、史強のハードボイルドさ、中盤では面壁者と破壁人との戦い、終盤では…このあたりはちょっとグラつきがあるか。ともかく、読み進めたくなる原動力としての人物描写が上手いことは確かだ。
私は常々『人物描写が上手いことこそ、そのSF作品が名作かどうかの最大の評価点となる』と考えている。
人を描けている作品は面白い。
三体はその点においては名作の要件を満たしている。

⑥中国のSFもっと読みたい
中国SF面白いではないか!さすが司馬遷や羅貫中を輩出した国である。
もっと読みたい。今後の中国SFの本邦での展開に注目したいところである。

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