モノから学ぶナチ_ドイツ事典

【新刊紹介】自分の関心から読む、今と地続きのファシズム ~『図説 モノから学ぶナチ・ドイツ事典』~

2019年5月28日、創元社からロジャー・ムーアハウス著(千葉喜久枝訳)『図説 モノから学ぶナチ・ドイツ事典』を刊行いたしました。

「ファシズム」という言葉とともに知られるドイツ第三帝国は、先進的なワイマール民主主義のもとで生まれました。
本書は、そうしたドイツ・ファシズムの日常のなかから、暮らし・政治・軍事等を知るための特徴的なオブジェ100点を選び、どこからでも読める事典形式で編んだ、新しいヴィジュアル事典です。

ラジオ、新聞、映画ポスター、車、ヒトラーの口ひげブラシから、子どものオモチャまで、日常のなかで触れる“モノ”の視点から、どこにでも起こりえる、今と地続きのファシズムを学ぶことができる一冊となっています。

【本書の収録項目】(抜粋)
ヒトラーの絵の具箱★ヒトラーのドイツ労働者党党員証★血染めの党旗★ハイパーインフレ紙幣★ヒトラーの口ひげブラシ★『突撃者』第1面★『わが闘争』★「ホルスト・ヴェッセルの歌」原譜★ルーン文字★1932年のナチ党選挙ポスター★最後の『前進』紙、1933年★冬期救済事業の慈善募金箱★黄金ナチ党員バッジ★国民ラジオ受信機★ヒトラー・ユーゲントの制服★ナチ党掲示板★親衛連隊のカフバンド★アウトバーン★SAの短剣★名誉神殿★ナチ・ドイツの鉤十字の旗★「働けば自由になる」の銘入りの門扉★メッサーシュミットBf 109★ジャックブーツ★強制収容所の識別票★ベルクホーフの絵皿★エラストリン製のフィギュア★「保護拘禁令状」★オリンピック競技場★エーファ・ブラウンの口紅ケース★大ドイツ芸術展カタログ★ニュルンベルク党大会のビール・ジョッキ★ゲシュタポ身分証明記章★ヒトラーのゲルマニア建築計画スケッチ★ガスマスクと装備一式★フォルクスワーゲン・ビートル★母十字勲章★「一つの民族、一つの帝国、一人の総統」絵葉書★ジェリー缶★配給カード★エニグマ暗号機★ヴォルフガング・ヴィルリヒの絵葉書★Ⅶ型Uボート★メルセデス・ベンツ 770リムジン★グライヴィッツ・ラジオ塔★灯火管制ポスター★映画『永遠のユダヤ人』ポスター★武装SSの新兵募集ポスター★精神病院の鉄製ベッド★重巡洋艦プリンツ・オイゲンのプロペラ★ルドルフ・ヘスのズボン下★剣・柏葉つき騎士十字章★ユダヤの星★「ゴリアテ」ミニ戦車★ツィクロンBの缶★追悼カード★ビルケナウの監視塔★デミャンスク盾形章★対戦車砲パンツァーファウスト★シュトロープ報告書★7月20日暗殺未遂事件戦傷章★影男★強制労働者の「労働許可証」★野戦憲兵三日月章★国民突撃隊の腕章★V2ミサイル★元帥デーニッツのバトン★ゲーリングの青酸カリ入りカプセル

今回の記事では、本書のなかから特徴的な”モノ”の写真とその解説文を数点ご紹介していきます。
時代も文化も異なるドイツに生まれたモノたちですが、最近どこかで聞いたことのある何かを連想させる写真が多く、ドキドキしつつ眺めることができるのではないかと思います。


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①『わが闘争』

(本書より引用)
どの批評もこの本を批判し、本の内容と粘着質な文体を攻撃しただけでなく、著者が精神的に安定しているか疑いさえした。(中略)後にナチ党を離れたオットー・シュトラッサーによれば、党内の反響が一般より熱狂的であったことはなく、多くの党員は一度も読んだことがないとひそかに告白していたという。しかも彼は、『わが闘争』を読んだことを最初に認めた者が残り全員の飲み代を払わなければならないとする賭けを党員がしていたことを明かしている。(38ページ)

当然、売上はそれほど振るわなかったが、1925年末までには初版の発行部数の1万部がほぼ売り切れた。その後6年間で、ヒトラーが政治家として出世したことが刺激となり、本は30万部近く売れ、首相に任命された1933年には、100万部以上売れた。驚いたことに、ヒトラーの存命中に『わが闘争』は全部で1245万部も売れた。そのうえ、ナチ国家によって新婚夫婦への贈り物、幸せなカップルにヒトラーの思想を吹き込むためのよこしまな贈り物にさえなった。(38ページ)


②エラストリン製フィギュア

(本書より引用)
エラストリン製玩具は子どもたちを、寝室の床でヒトラーの演説を再現したり、戦争ごっこをしたりする遊びで楽しませ、わくわくさせた。もちろん、玩具であろうと政治的に中立であるはずがなかった。(121ページ)

皮肉なことに、このエラストリン製フィギュアは、ドイツ経済が「総力戦」体制へ転じ、ほとんどすべての非軍事産業の生産が終了させられた1943年、製造中止になった。もちろん、すでにその頃には、1930年代におもちゃの兵士で遊んで育ったドイツ人の多くがヨーロッパの戦場で実際に戦っていた。(122ページ)


③ヒトラーの口ひげブラシ

(本書より引用)
1923年、ヒトラーの親友エルンスト・「プッツィ」・ハンフシュテングルはヒトラーに口ひげを剃り落とすよう説得を試みた。長いことヒトラーの上唇の上の貧小なチョビひげをうっとうしく思っていたハンフシュテングルは、それを「貧弱」で「風刺画家の格好の餌食」になると批判し、「男らしさ」を示すため、あごにひげを伸ばすよう提案した。驚いたヒトラーは、ハンフシュテングルは思い違いをしていると言い返し、「いずれこのひげは大流行するさ。信じたまえ!」といった。(30ページ)

ヒトラーのセンスは正しかった。ハンフシュテングルがヒトラーに「チョビひげ」をやめるよう説得していた1923年までに、ハインリヒ・ヒムラーとエルンスト・レームがすでに真似をしていた。その後、追随者の数はさらに増していく。(中略)もちろん、彼らの多くにとって、ヒトラーひげにすることはファッションによる自己主張以上のもの、つまり政治的忠誠を示す行為、彼らの「総統」に対する個人的な忠誠の誓いであった。(31-32ページ)


④国民ラジオ受信機

(本書より引用)
1930年代の政権の中でおそらく唯一、ナチスはラジオ放送を使ったプロパガンダの可能性を十分に理解していた。(中略)ヨゼフ・ゲッベルスは、ナチの革命はラジオなしには「不可能」であっただろう、と語っていた。この場合に限り、彼は真実を述べていた。(72-73ページ)

1933年夏、ナチスはすでに、ラジオの大幅な普及と、あらゆる家庭と職場に政府の代弁者を置くという彼らの目標への到達に向けて、大きく前進しつつあった。同年8月の第10回ドイツラジオ博覧会でこの国民ラジオ受信機が発売された。他の製品よりも安い価格がつけられ、わずか76ライヒスマルク――平均的な賃金の2週間分よりもわずかに高い額――という、従来のラジオ受信機の価格の約半分で販売された。(中略)洗練された茶色の合成樹脂製のケースの中には、シンプルな3本の真空管と、ドイツ国内の放送以外受信できないくらい弱い2つのバンド受信機が入っていた。新しいナチ政権との関連は明白であった。ラジオの正式名称――VE301――がヒトラーの政権掌握の日である1月30日を表していたからだ。(73ページ)


⑤映画『永遠のユダヤ人』ポスター

(本書より引用)
映画製作の発端は、積極的にドイツ国民の間に反ユダヤ主義的態度を伝え広めようとするナチの試みにあった。消極的な反ユダヤ主義はすでにドイツ国内でかなり広まっていたが、ナチの指導部はそれ以上のことを求めた。1938年の「水晶の夜」のポグロム[11月9~10日の夜、ドイツ全土のユダヤ人を襲った組織的な暴力と迫害]に対する国民のさまざまな反応に刺激され、ゲッベルスは反ユダヤ主義的プロパガンダを強化し始め、ドイツの民衆に、この先予定していた、ユダヤ人に対する過酷な処置に対する心の準備をさせた。映画はこの目的のために理想的なメディアと見なされた。(225ページ)


⑥精神病院の鉄製ベッド

(本書より引用)
優生学――好ましくない特徴のある人々を犠牲にして、優秀とされる集団が子を産むことを奨励することにより、民族の遺伝的特質を改良するという思想――は何も目新しい思想ではない。(中略)しかしその思想はヒトラーとナチスに特別な反応を呼び覚まし、彼らは「人種衛生学」という考えを広めた。彼らの意見によれば、優生学は彼らの反ユダヤ主義に疑似科学的根拠を与えたばかりでなく、安楽死という考え、すなわち障害者の「慈悲殺」を合法と認めた。(238-239ページ)


⑦強制労働者の「労働許可証」

(本書より引用)
第三帝国に迫害され搾取された集団の中で、強制労働者についてはほとんど知られていない。人目につかず、知られていなかったが、強制労働者は戦争の間ドイツの至るところに存在し、軍事産業や工業、農業の分野で何百万人もの人々が職務をこなしていた。(中略)ドイツの労働者の3分の1以上を占めていた強制労働者は、ナチの総動員体制に不可欠な存在であった。(321ページ)

強制労働者――全部でおよそ200万人――の5人に1人はポーランド人で、その大多数は、自分たちがどこへ行こうとしているのさえほとんど知らずに母国で徴集され、ドイツに移送されてきた。(321ページ)


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以上、『図説 モノから学ぶナチ・ドイツ事典』より、今の私たちにとって驚きの(そしてなぜか馴染みのある)写真と解説を抜粋しました。

ここまでに紹介した写真の他にも、ナチ党の選挙ポスター、ルーン文字が組み込まれた婦人組織のバッジ(ゲルマン民族との結びつきを強調するためのルーン文字!)、「働けば自由になる」との銘の入れられた門扉、各種軍事兵器などなど、興味深いヴィジュアル資料がたくさん収録されています。

ご興味のある方は、ぜひ一度お手に取ってみていただけると幸いです。


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