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大掃除から気付いた心のお掃除の必要性

すばらしい一年になりますように!
今年もよろしくお願いいたします。

遅ればせながら大掃除を地味に少しずつ進めています。
今日はお風呂のバスタブを掃除していて、根源的なトラウマなどを解消する意義が、はっと少しわかったような実感があったので書いてみます。

我が家のバスタブは蛇口がなく、スイッチで自動給湯してくれるタイプなのですが、お湯が出てくるとろ、部品がネジで組み合わさっていて、溝なども多くなっています。

毎日のお掃除は銀色のカヴァーを外し、それを洗う程度なのですが、大掃除ということで、ネジを外し分解してみました。

毎日掃除しているつもりでも、やはり細かい溝などにけっこう汚れが溜まっています。なかなか見えず届きにくい隙間は歯ブラシを使いましたが、これまたこまか〜な汚れがたくさん出てきました。

我が家の場合は、息子がバスボールにはまっているため、毎日バスボールやバブを投入するため、余計そのかすのようなものが溜まっていたと推測します。

おぉ、一見見た目には特に変わったようには見えないけれど、気持ちはものすごいスッキリしました。

同時に、大元の配管の奥の奥にこれだけ汚れが溜まっていたということは、必ずそこを通って供給される日々のお湯も、その汚れた管を必ず通って来てるってことなんですよね。

見た目にお風呂のお湯にゴミがぷかぷか浮いていなくても、影響はありそうです。

配管の大元が「心」ととらえると、出てくる感情や反応が心にある塵に常に影響を受けているというのが、なんだかすっと腑に落ちた気がしたのです。

満たされなかった思いや傷ついた記憶などによりできてしまった観念、思考パターンは、いくらバスタブ部分を毎日ピカピカにしても影響を与え続けているのかもしれません。

でも、ここでいう塵や汚れは悪者というわけではないかもしれないなぁと思うのです。

今度は傷つくことがないように、自分を守るために働いてくれているのかもしれません。
そう思うと、ありがたいなという気持ちも出てきました。

感謝しつつ、今の自分にはその思い込み必要なのかな?本当にそうかな?と立ち止まってみることが、心のお掃除の一つの出発点なのかもしれないなぁと思ったのでした。


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