さくら

平日はいつも5時に起きてる。
けどその日は8時にアラームをかけた。
8時半くらいに会社に電話をかけて、自分で首を締めながら体調不良を訴えた。
「大丈夫?具合悪そうだね」って先輩が言った。
ぶっちゃけ大丈夫だったけど「ちょっとキツいです、ごほっごほっ」って答えた。
休みをもらって電話を切って、おやすみモードにして二度寝した。
昼に起きたけど、会社からの着信履歴が山のようにあったからまた寝た。

実のところ、ここまではここ1週間同じことをしていて、今日もそのまま夜が来ると思ってた。
ら、今日は違った。

夕方に家のチャイムで起きた。
モニターには上司が映ってた。
鳴らずに増えてく上司からの着信履歴とチャイムの連打で四度寝は諦めた。

チャイムには応答せずに身支度を始めた。
シャワーを浴びて歯を磨いてコンタクトレンズを付けて適当に髪を乾かして、わざとカジュアルな服を着た。
メイクはしなかった。

最初のチャイムからもう1時間以上経っている。
そろそろ出ないと予約時間に間に合わないし、覚悟してイヤホンを付けて家を出た。
幸い上司はもう帰ったみたいだった。

電車に乗って2駅、改札から続く通称ナンパ通りを下を向いて通り過ぎ、突き当たりの角を曲がった。
角から2番目のビルの9階が心療内科のクリニックになっている。
角を曲がってやっと顔を上げると、ビルの向かいに1本だけあるソメイヨシノが満開で、思わず立ち止まった。

今年初めて見る桜だった。
鼻の奥と喉の芯のあたりが急に熱くなって、目をそらした。
足早にビルに入って、最奥にあるエレベーターのボタンを強めに押した。
イヤホンを片手で乱暴に外してぐるぐるに巻きながらエレベーターが来るのを待った。