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太陽の島とマリファナのはなし

ジャマイカに生まれ、1960年代から80年代にかけて世界的に流行したレゲエと呼ばれる音楽は、ジャズと同じくマリファナ(大麻)に魂を奪われた音楽である。4分の4拍子の2拍目と4拍目に弦のカッティングでアクセントをつけ、3拍目に強調されたベースを入れることによって、気持ちが後ろに引かれるような軽快なリズムが湧いている。レゲエとマリファナの関係も興味があるが、今から述べることはジャマイカ社会へのマリファナの浸透のことである。

マリファナがいつジャマイカに伝わったのかは定かではない。19世紀に島を統治していたイギリスが、ロープや布などの原料にするために大麻の栽培を計画して実行に移したが頓挫し、大麻が野生化したのが始まりだといわれている。

もともとジャマイカはスペインに支配されていたが、1670年のマドリッド条約によりイギリスの植民地となった。1700年までの主な輸出品は、奴隷が働くプランテーションで栽培された砂糖、ココア、インディゴであった。そこに大麻の栽培が計画され、やってきたインド人労働者がごく短期間に黒人奴隷たちにマリファナのすべてを教え、マリファナはすぐに黒人たちの間で広まった。

  • ジャマイカではマリファナのことが「ガンジャ」(ganja)と呼ぶが、これはもともとインドでの大麻の呼名であり、プランテーションのインド人労働者が持ち込んだ。また、ジャマイカで使われるマリファナ・パイプは「チラム」(chillum)と呼ばれるし、大麻の雌花のつぼみから作られる濃厚なマリファナは「コレイ」(colley)と呼ばれるが、これはヒンディー語で「激しい、強い」という意味の「カリ」(kali)に由来する。

しかし、やがて大麻が労働効率を低下させているとの理由で、1913年に大麻を違法とする法律が制定された。プランテーションの経営はすぐに立ち行かなくなったが、厳しい規制はそのまま残り、マリファナは国内に広がっていった。

実は、ジャマイカは大麻栽培に最適な気候で、毎年2回収穫が可能だ。とくに狭い丘陵地帯や小作で生活を維持していた黒人たちにとっても、マリファナは理想的な作物だった。何千もの農家が自分たちのために大麻を栽培し、余った大麻を販売するという、今日まで続く農業パターンが始まったのである。

マリファナは人里離れた場所で栽培され、使用され続けたが、マリファナ禁止法は存続したため、マリファナはジャマイカの歴史の中でつねに摩擦の種となった。

1970年代には、ジャマイカの労働者階級の黒人人口の約7割がマリファナを使用していると推定され、喫煙や茶として摂取していた。また、医療用として湿布や鎮痛などの用途にも使用されていた。とくに幻覚剤として使われたわけではなく、リラックスや過酷な労働の痛みを和らげるために使われていた。

むずがる乳幼児のミルクやジュースにマリファナを入れて眠らせたりすることもあったが、ほとんどのジャマイカ人にとって初めてのマリファナは初めての性体験と同じように人生の重要な瞬間と考えられた。喫煙者が常用者になるかどうかは、最初のマリファナに対する姿勢次第である。

1970年にアメリカ国立精神衛生研究所が、慢性的な使用者がマリファナからどのような影響を受けるかを調査したことがあった。その最終報告は、1975年にヴェラ・ルービン(Vera Rubin)とラムロス・コミタス(Lamros Comitas)によって書かれた『ジャマイカのガンジャ』(Ganja in Jamaica)という報告書にまとめられて出版された。その結論はとても興味深いものだった。

  • 本書によって、ジャマイカでマリファナの栽培と使用が犯罪行為であるにもかかわらず、カリブ海の同じような社会のどこよりもアルコール依存の割合が低いのはマリファナの使用が原因だと考えられること、マリファナが測定可能な脳や染色体の損傷を引き起こしていないこと、心理的に危険ではないこと、マリファナの使用と犯罪との間に関連性がないことなどが判明した。

  • さらに興味深いことは、ジャマイカの文化には大麻の社会的影響を抑制するための自制が組み込まれていたことだった。

  • つまり、10代の若者が、仲間がマリファナを始めた後、一緒に吸うべきかどうかをみずからが判断でき、周りもそれを尊重した。

  • また、「心が落ち着いていないときは避けたほうがいい」とか、「空腹時には吸ってはいけない」などの社会的なルールが広く浸透していたことが分かったのであった。

ただし報告書はジャマイカでは公表されなかったため、島のマリファナ事情はほとんど変わらなかった。マリファナはずっと違法であり続けた。

このような状況に変化が生まれたのは、「ガンジャ法」と呼ばれる2015年の改正危険薬物法の制定である。

これは、医療、あるいはラスタファリと呼ばれる信仰上の理由でのマリファナ使用を全面的に合法化する法律であり、それ以外の目的での所持であっても2オンス(約56グラム)以下であれば非刑罰化され、日本でいう反則金のような(前科のつかない)金銭的制裁の対象となるという画期的な内容の法律である。

今後、ジャマイカで一挙に大麻合法化が進むとは考えにくいが、方向性としては合法化に向かっていることは間違いがなく、その動向には注目したいと思っている。(了)



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