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医師の「何か気になる」の正体——湯浅正太さんの『医師のためのリベラルアーツ』を読む

何年も医療現場で働いているからこそ、大切にしたいものがあります。それは、「何か気になる」という感覚です。不思議ですが、この感覚は高い確率で当たります。それは、自分では異常を察知しているけれど、しっかり認識するところまでは到達できていない意識なのだろうと思います。(中略)
何か気になるものというのは、患者さんの心ということもあります。患者さんやご家族と話すなかで、なんだかしっくりこない感覚を覚えることがあります。言葉として表現できないけれど、何かが引っかかるという感覚です。それは、患者さんやご家族の揺れ動く気持ちだったり、彼らの抱える不安や葛藤を改善するには、まだまだサポートが必要であるため、もっと支援を充実させた方がいいという合図だったりします。

湯浅正太『ものがたりで考える 医師のためのリベラルアーツ:感情に触れる医師が働き方改革時代に身につけたい倫理観』メジカルビュー社, 2022. p.85.

著者の湯浅正太(ゆあさ しょうた)さんは1981年生まれの小児科医で、亀田総合病院小児科部長。絵本なども書いている作家でもある。自身はきょうだい児という立場で育つ。障がい児やきょうだい児の生きやすい社会をつくりたいと考え、小児科医を目指した。

本書『医師のためのリベラルアーツ』は、命に寄り添う医療現場で働く若い医師たちへのエールだ。あらゆる人とつながるために必要なもの。それが、物事を様々な視点から捉えて、そこで生まれる感情を自由自在に操る能力だ、と湯浅さんは言う。そのために必要なものが「リベラルアーツ」であり、自分を生かすために必要な学問たちで構成される学びである。この本では、学問の知識を書き連ねるのではなく、あらゆる価値観が錯綜し、様々な感情が沸き起こる現場で、心の平静を手に入れるための学びが提供されている。目次には、「正解のない問い」「AIではなく、人間だからこそ」「他人と比較することの愚かさ」「個人と組織」「障がいという名の個性」「解決方法は一つじゃない」「命のあり方」など、魅力的な項目が並ぶ。

引用したのは、その中の「何か気になる、という大事な感覚」からの文章である。医師はしばしば「何か気になる」と思うことがある。それは、論理を超えた直感のようなものである。血液検査や画像検査の結果には異常がみられない。でも、患者さんから受ける「印象」が何か、いつもと違う感じがする。自分の直感が「この患者を帰してはいけない」と言っている。そんな感覚だ。そのようなとき、さらに様子をみるために入院してもらったりすると、重大な病気が隠れていたりする。そんな思いを医師なら、何度か経験したことがあるはずだ。

そのような隠れた疾患の診断に関することと、もう一つ、医師の「何か気になる」の正体を、湯浅さんは説明してくれている。それが患者さんやご家族が発している「SOS」だ。患者さんやご家族と話している中で、何かしっくりこないと感じるとき。それは、患者さんの態度や表情、言い淀んだ言葉じりなどから感じるものだ。この「何かが引っかかる」という感覚があるとき、医師は患者さん・ご家族の「SOS」をキャッチしている。揺れ動く気持ちだったり、彼らの抱える不安や葛藤である。この「何か気になる」という感覚を、医師は大事にしなければならない。なぜなら、そこにこそ「ケア」の本質が隠れているからである。

現象学研究者の村上靖彦さんは、著書『ケアとは何か』の中で、医療者のそうした微かなサインを拾い上げる力を「SOSのケイパビリティ」と呼んでいる(過去の記事「SOSのケイパビリティ——村上靖彦さんの『ケアとは何か』を読む」を参照)。それは「声なき声」を拾い上げる力であり、相手のSOSを受け止める力である。また、それは受け手側だけで成り立つものではなく、潜在的にSOSを発する患者・当事者側の働きかけも寄与している。このような潜在的なSOSのサインと、そのサインを受け止める力双方の組み合わせによって成立するケアを「SOSのケイパビリティ」と村上さんは名づけている。人の中にある「弱さ」を他の人が支えること、これが人間の条件であり、他者を気づかうという「ケア」の行為の本質でもあるだろう。


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