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バトラーが地下室で出会った「哲学」とは

私の感情は確実に混乱を窮めていた。そして、感情とは何か、それは何のためにあるのかを知ることがそのような感情とうまくつき合って生きる方法を学ぶのに役立つと思い、スピノザの本を手にした。そのテクストの第二章と第三章のなかから、私は実に貴重なものを学んだ。人間存在におけるコナトゥスの根源的な固執から生じる感情の状態に関する推論は、人間の感情に関するもっとも深く、純粋で、優れた説明のように思えた。事物がその存在であり続けようとする。私に送られたこの思想は、絶望のなかでさえ固執する一種の生気論(vitalism)であるように思われた。

藤高和輝『ジュディス・バトラー:生と哲学を賭けた闘い』以文社, 2018, p.19-20(Butler J. Undoing Gender. Routledge Press, 2004, p.235)

ジュディス・バトラー(Judith P. Butler, 1956 - )は、アメリカ合衆国の哲学者。政治哲学・倫理学から現象学まで幅広い分野で活動するが、とくに現代フェミニズム思想を代表する一人とみなされている。現在、カリフォルニア大学バークレー校修辞学・比較文学科教授。

1956年、オハイオ州クリーヴランドでアシュケナージ系ユダヤ人(迫害を逃れドイツ語圏・旧東欧諸国に移住したユダヤ人)の家庭に生まれる。バトラーの回想によると幼少の頃から哲学書を耽読し、とくにキルケゴール『あれか、これか:ある人生の断片』やショーペンハウアー『意志と表象としての世界』、スピノザ『エチカ(倫理学)』などを愛読した。

1990年に刊行された主著『ジェンダー・トラブル』でバトラーは、ミシェル・フーコーによって先鞭をつけられたジェンダーとセクシュアリティ研究を大胆に推し進めた。また同書は政治哲学・ジェンダー学のみならず、文学批評からフェミニズム運動まで幅広い領域においてジェンダーと性的マイノリティをめぐる画期的な主張と受け止められ、バトラーは世界的な名声を博することになった。(Wikipediaより)

16歳のときに両親にレズビアンであることを公言したバトラーは、14歳の頃、「苦痛な家族関係(painful family dynamics)」から逃れようと自宅の地下室に籠りがちだったが、そこに両親の蔵書があり、哲学に出会うことになった。彼女の「苦痛」は、自身のジェンダーやセクシュアリティをめぐる葛藤から起きていたのだろう。

彼女が地下室で、つまり制度的教育の外で出会った「哲学」は、単に知的関心を引いたというよりもずっとプリミティブな読書体験だった。「スピノザとの出会い、それは彼女自身の「生」と「哲学」が深く交錯した瞬間」だったのである。


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