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【連載小説完結】『小さな悲劇で満ちたこの世界で』 エピローグ

プロローグ
1. 硝子のマリア像 2. 不器用な教え子
3. 弱い男
4. 都合のいい夫
5. 好奇心
6. 悲劇の未亡人
7. 刑事たち
8. 交わる運命
9. 未亡人の告白
10. 藤原美羽
11. 不幸な少女
12. 消えた未亡人
13. 脱出
14. 長野刑務所
15. 姉妹のような2人
16. 息子、日向ひなた
17. 秘密の帰結
18. USBメモリー
19. マリアの罪
20. 中野和歌子
21. 刑事たち、再び

エピローグ
 
 袴田と城島が串揚げ屋で会ってから1年半が過ぎた。城島は、約束通り、新しく始めたことを袴田にメールで伝えてきた。
 
「一課はどうだ。忙しくて直に会って話せないのが残念だが、俺が始めたことを袴田に報告するよ。俺は、実家のある犬山でセーフハウスを始めた。金は俺も出したが、地元の企業にも出してもらってる。
 袴田なら知ってると思うが、セーフハウスというのは、暴力や貧困で家庭が安全でないときに避難できる現代の駆け込み寺みたいなもんだ。うちのセーフハウスは女性や子供に限らず、だれでも、うちの条件を満たせば滞在できる。
 そして、仕事や家を見つけてうちを出たあとも、うちを『家』だと思っていつでも帰ってこられるようにしている。基本的にセルフサービスだから、滞在者が自分たちで掃除したり食事を作ったりする。それでも俺だけでは手が回らんから、臨床心理士と保母さんに来てもらってる。ボランティアも手伝ってくれてる。
 名前は、ちょっとくさいが『サンシャイン・ハウス』にした。本来なら家庭が提供するはずの安心や安全、人との信頼関係や絆を少しでも提供できればいいと思っている。
 かたちは何だっていいんだ。血のつながりだって、あってもなくてもいい。誰でも、自分が家族と呼べる人間がいたら、安心して心を許せる場所があったら、どれほど生きることが楽になることか。お前なら分かってくれると思う。
 袴田も、時間ができたらぜひ寄ってみてくれ。お前に見て欲しい」
 
 袴田は、メールを読んで素直に感動した。城島が、立場や年齢にかかわらず、自分が本当に正しいと思うこと、自分が本当にやりたいことにまっすぐ向かっていく姿を美しく尊いと思った。
 自分はどこまでできるか分からないが、自分なりに自分の道を突き進もうと改めて思った。
 
 袴田は仕事に追われ、セーフハウスの運営で多忙な城島と都合が合わないまま、なかなか「サンシャイン・ハウス」を訪れることができないでいた。
 3年が過ぎ、城島が軌道に乗った「サンシャイン・ハウス」を人に任せ、トルコに渡って、シリア難民を救済する活動を始めたと人づてに聞いた。
 事件から5年経った2019年7月、16歳になった澤口日向が語学留学先のオーストラリアのメルボルンで行方不明になったとのニュースが流れた。しかし、京都アニメーション放火事件報道の陰となり、あまり注目を集めることはなかった。
 そして今年、2022年、早めの春が訪れつつあった2月18日、袴田は、自宅のポストに配達された1枚の絵葉書を見つけた。
 絵葉書の写真には、夕日に照らされたモスクを眺める2人の後ろ姿が写っていた。1人はほっそりとした背の高い男、もう1人は背中まで黒髪を垂らした小柄な女だった。
 葉書のメッセージ欄にはこう書かれていた。
「こっちでもセーフハウスを作った。警察官としては止められなかったが、人間としてなら止められそうだ。彼女は今、正真正銘、自分自身の人生を生きている。いつか会える日を楽しみにしている」
 差出人の名前はなかった。(終わり)


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