スピリチュアルごっこは、うんざりだw
適当にサイトを見てたら、なぜか「魂の法則。」ってタイトルが飛び込んできた。
数日をかけて、少しずつ読んでみた。
そんな中、ある人から自分の持つ深い闇を引き出して教えるようなことがあった。
オレは、半分は深い深い闇でできている。
マジンガーZの阿修羅男爵ように、半分は神で、半分は悪魔だ。(あれは男と女)
だから、オレに神性を見て、わざわざ会いに来た人は、オレの中の悪魔を見た瞬間に「なんだこの人は」って思って、
かならず捨てセリフを一言吐いて去っていく。
または、オレに何か感じるマイナスな部分を救おうとして、「助けてあげるよ。」って寄って来た人間は数多くいる。
そのすべての人は、どうにもならない深い闇、それを取ったら半分死ぬような人間の言葉に手を焼いて、
深い闇が出た瞬間に、これは無理と思って、「直すのは自分だから。」みたいなセリフを一言言って去っていく。
別に離れるのはいいのだが、最初から引き出さないで欲しいものだ。
オレの半分が闇なので、光が強くなれば、闇も強く出る。
普通の人と違うのは、それを切ったらオレは死ぬんだわな。
オレは、光も闇も一心同体で両方とも強い。片方を切れば、片方も死ぬ。
光の側だけに居る人、もしくは光の側だけに向いてる人には、それが理解できない。
必ず、「光に行きましょう。」か「光と闇かどっちか選べ。」と言う。
また、そう言う状況になってしまった。
そしたらその後、何気に「魂の法則」を読んでみたら、
そこでも、こんな言葉が出て来た↓
一つはっきりさせておこう。物質界で独りだと感じられたとしても、 霊的世界においては、決して独りになることなどない。この繋がりを発 見し、その繊細な扉の向こう側に本当の生を発見するのは、一人ひとり にかかっている。だがその扉を開くことができる鍵は、愛情だけなのだ。 真心を込めて願えば、君たちの感受性を目覚めさせ、君たちの苦悩を癒 してくれる助けが得られるだろう。だが、それを受け取るためには愛を 阻む鎧を自分で脱がなくてはならない。一人で孤立していたいと願う者 には、その意思が尊重されるからだ。
これ、言っていることは素晴らしいし、全くその通りだとは思う。
ただ、いちいち「自分の意志が尊重される。」これを言うから、スピリチュアルをかじった多くの人が、「それじゃ、ダメだよ。」って、
他人を直そうとしてくるんだ。
この3次元世界で、「自分の意志が尊重される。」これも事実ではあるが、その意志ですら、魂が生まれる前に創ったシナリオ通りに形成された意志に過ぎない。
自分で好き好んで、5歳の頃からの何十年にもわたるトラウマで、深い闇を半分背負った訳ではない。(ひょっとしたら9割が闇か?)
それはオレの意志じゃない。
オレと言うエゴ(思考)の意志では無くて、魂(ハイヤー)が決めたことだ。
魂が体験したいことだ。
なので、この「魂の法則」って言うPDFは捨ててしまった。
なぜかって言えば、もう「自分の意志で世界が変えられるから、幸せに変えましょう。」と言うような、
スピリチュアルごっこはやる気もしない。
自分が闇であろうが、不幸であろうが、すべて問題ではない。
そんなことはどっちだっていいし、俺には関係ねぇ。
それよりも、それを直して、光に向かうとか幸せになるって方が苦痛で大問題だ。
例え、闇でも困ったことは無いし、不幸でも困ったことも無い。
闇でも不幸でもどっちでもいいが、それを変えようとする方が遥かに苦痛だ。
なのでこのブログを書いている人間は、聖人君子ではなく神にも悪魔にもなれる、半分が闇でしかも相当に闇が深い人物が書いている。(オレ)
正直に言えば、今のオレの状況は、無職で伴侶もいないし金持ちでもない。
そして、深い闇を持っている。
こう書くと、がっかりする人もいるかもだが、
今の俺は、それで困ったことなど一つも無いし、不安や怖れも1mmも無い。
毎日が、ゆったり、のんびり、リラックスして心地良く暮らしている。
ただ、状況的に「私は幸せなので、これはいいですよ。」なんて人に勧める気も起きない。
人になんて思われようが、オレは今のままで心地良い。人生で1番今が心地良いと思っている。
闇を抱えたままでも。
ステレオ的なスピリチュアルの考えで、人の平穏や心地良さを否定しないで欲しいものだ。
確かに、状況的に人から幸せだと思われない状況ではある。
オレにとっては、光や幸せに向かうスピリチュアルごっこを押し付けられる方が地獄である。
波動が低くて結構。仕事が無くても結構。伴侶がいなくても結構。友だちにも相手されなくても結構。闇の住人で結構。
まぁ、そんなんで、オレの言葉の奥には、怒りみたいなのがあるとのことだ。
正直言うと、そう論破されれば、「まさに、そうだろうな。」って同意する。
でなんて言うかと言うと、
「怒りがあってもなんでもOK。ごちゃごちゃ言うとぶっ殺すぞ!」だな。
今は、自分の精神を完全開放してるから、これは脅しではなくなるから超危険ではある。(神も解放されるが、場合によっては悪魔が解放される。)
自分でわかってるから、その前にオレが離れるけどねw
ブログで何回も言ってるけど、オレは聖人君子では無くて、半分は闇の人間だから。
光だけの世界にも、闇だけの世界にも行く気は無いし、行っても住めない。
光の世界に憧れる人多いけど、正直に言えば、光だけだとかなりキツイよw
居心地悪い人多いと思うwww
もちろん、前世が光の住人って人も結構いるから、その人は合ってるに違いない。
光だけの人が、「光に行きましょう。」とか、「あなたは闇を持っている。」って声をかけてくる。
オレの場合は、闇も体の一部で、もうセットになっているから、闇を外さない方が遥かに楽。
光に行きたい人は行けばいいけど、オレを引き込まなくていい。
オレは、光だけの世界にも、闇だけの世界にも行かない。
両方の存在を認めあえる世界にだけ行く。
と言う訳で、光の世界、ポジティブ、楽しい、とものごとの片方だけを追うスピリチュアルごっこに付き合うのはうんざりだ。と言うこと。
また、今の現状を変える。幸せになりましょう。自分が変われば世界が変わる。この世界は自分が創っている、
などの、自分に責任を持たせて、自分で苦しみを増やすような、アホなスピリチュアルごっこも絶対にやりたくはない。
ハッキリ言ってやると、ただ今の一瞬に、幸せを感じない人は、なにをやって、何を変えて、なにを得ても、絶対に幸せになれないからwww
真の幸せを掴む人は、今の状況がどんなであれ、ただ今の一瞬が永続的に幸せな人だ。
周りの状況とか、環境とか、波動だの、周波数だの、只今の一瞬が幸せでいることに、何も関係ないんだよ。
自分の状態や、他人の状態がどんなであっても、真の人は、只今の一瞬が幸せでいられるのだ。
それ以外を目指すスピリチュアルごっこは、もうやりません。
この記事を書いた1か月後に友人が「きな優子」さんの光と闇の記事を送ってくれた。(その中の抜粋)
…地底から青い龍があらわれ
天にむかい。
天空から黄金の龍があらわれ、
地上へとむかう。
光と闇の力を
束ねることができる者のみが、
新たな道を
見つけることができるだろう。
ライオンの知恵と
ライオンの勇気を持つ者のみが、
光の道を歩み続けることが
できるだろう。
2つの力が等しくなった時、
太陽の国への扉が開かれる。
その時、目醒ている者のみが、
太陽の国へと、自らの足で
歩み入ることができるのだ…。
『22を超えてゆけ』(P228)より引用
オレは詳しくは知らんが、「きな優子」さんって人が書いてるブログの中の一節だ。
この言葉の詳しい解説が載っている。
興味のある人は、そっちで見てくれ。(サイトを最期に貼っておく)
ただ、、オレはこれで「オレのやり方を追求していけばいいだけ。」と確信出来て良かった。
そのきな優子さんの闇と光の記事↓
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?