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「ソドムの百二十日」を読んで

先に澁澤龍彦さんバージョンの序章だけ読んだものの、登場人物紹介でほぼ終わっているので本編がどうにも気になりますね。

「性的嗜好大百科だ」みたいなことも書かれているくらいだし…ということで、佐藤晴夫さんバージョンの全訳を読んでみます、となる。

この本の4分の3くらいは第一章が占めており、それ以降についてはサドによる下書き段階の原稿が残されていたとされる。

しかしその段階で十分面白かったからここまで普及したってことだと思う。

サドは獄中において
(なぜ投獄されたのかは詳細不明らしい。そこが気になるけど!?)
ろうそくの明かりを頼りに、不自由な目を酷使し、12センチ幅の紙をつなぎ合わせて作った12メートルの巻物の両面に、アリのような小さな字をびっしりと書きしたため、この「ソドムの百二十日」を書いていた…らしいです。

執筆環境が劣悪を通り越して武勇伝の域に達しています。

インターネットもない時代になぜそこまでして…当時を生きてないからよくわからない。

しかも書き上がった原稿の扱いもひどい時代。

せっかく書いた原稿も取り上げられてしまったり、その出来事についてはサドも「血の涙を流した」と後に書き残しているという。

というのは本のあとがきに書いてあったことであり、私はサドについては『ソドム』しかちゃんと読んだことない。

しかも澁澤龍彦さん訳の方は文章が難しすぎて理解できませんでした…それでも私が感想を書きたいのは、佐藤晴夫さん訳の方は格段に読みやすくなっており、読み手に影響を及ぼしうるものであったから。

サドはちゃんと段階を踏んで描写しており、つまりソフト→ハードの順で描写しています。

物語は至極シンプル。

なんだかんだで集まった46名の男女が、120日間にわたる大乱交パーティーを繰り広げる…章ごとに一応趣向が違っており、第一章においては飲尿からの多種多様なスカトロジーの世界が詳細に描写される。

サドは後にサディズムの元祖となってしまうものの、彼の哲学を真に理解しているサディストは少ない…らしい。

序盤において「他人の苦痛や不幸に快楽を見出すなんて、なんて悲しいことだろう」みたいなセリフも一応出てきた。

そして欠損愛からの「あなたの持つどのような欠点であっても、愛してくれる人はいる」という…おお、サディズムって愛じゃん。
そう思った。

私みたいにただ怖いもの見たさで、過激な描写が見たくて…みたいな人の欲求も満たしてくれると思います。

特に第四章。

第三章の後半くらいから少しずつ世間一般が想像するサディズムに近づいていくと感じる。

序章で行われていることも大概なんだけどね…各地から美男美女をさらってくるためにめっちゃ人殺してるからね。

この本で最も力が入っているのはスカトロジー(糞尿嗜好)の描写だ。
要するにいかにしてうんこを食べるかって話だ。
教養あふれるサド侯爵の、たぶん人に言えない想像の世界。

なんでこの本、図書館においてあるんだろう…そして嗜虐と殺人、拷問に振り切った第四章。

あとがきにもあったように、行われていることはおよそ荒唐無稽で実現不可能、あくまでサドの妄想の話。
(ヤギとセックスして、産まれてきた人とヤギの子供とまたセックスするとかなんとか)
極限まで罪悪感を求め、究極の悪徳を描写するべく。

「誰も見たことがない世界を描写したい」というサドの作家としての純粋な情熱を感じる。

美徳に向かう人間と悪徳に向かう人間の両方を存在させることで、神は世界を成り立たせるように作った。
ならば私は悪徳を極める。
それによって神に近づくために…性に奔放であったものの、悪人ではなかったらしいサド。
ふ、不思議だ。
時代が違えば、こんなにも評価される作家なのに…当時は逆境だったらしい。
この本面白かったんです、ご興味ある方はぜひ。

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