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掌編「きみのカエリヲ待つ」

「やはり何処にもいませんっ!」
「何故だ!?あんなに優等生で、ずっと親しく、これまで持ちつ持たれつやってきたじゃないかっ!本当に何処にもいないのか?!」
「本当です。しかも、国中から姿を消しつつあります」
「くっ・・なんてことだ・・よりにもよって、こんな大事な時に――」

 世間にその噂が流れ始めたのは、時をずっと遡った、雪化粧の街にキャンドルが灯る頃だった。当初はまさかここまで事態が逼迫するとは誰も予想していなかった。しかし事態はみるみる悪化して、多くの国民は、家の冷蔵庫のドアポケットに当たり前のように並んでいた光景が、実は当たり前ではなかったのだと思い知った。

******


「くそっ、間に合わなかった!!」
「隊長・・・」
「こんな情けない思いをしたのは初めてだ!俺は国民から笑顔を一つ奪ったんだ」
「隊長のせいではありません」
「いや・・・・ああ、そうだな。俺一人の力でどうこうできる問題じゃなかったな。だがしかし、上の判断とはいえ、実際に命令を下したのは俺だ。稚い命をたくさん奪った・・もう俺に、ひよこを愛でる資格はないな」
「隊長・・・」

 部下は痛ましそうに隊長の顔を見つめた。普段は健康そのもののつるんとしたきめ細かい肌が、今日は萎んで見える。

「引き続き探しましょう!例え祭りが終わったって、国中が待っています!」
「それはそうだが、やはり間に合わせたかった。大事な、復活祭だったのに・・・。どうにか本番までに帰って来てくれれば良かったんだが」
「隊長、孵るの間違いでは?」
「どっちだっていいんだ!とにかく必要だったんだ!何としても、国中の民に、せめて一家に一個、新鮮な卵が!!」

 カラフルに色付けされた大小様々な卵たちを思い浮かべて、隊長はふと思った。

「ところで、残された親たちはどうしてる?」
「それが、気性荒く見えても、やはり落ち込んでいるようで、すっかり息を潜めて、事態の収拾するのを待っているようです」
「管理は徹底されているんだろうな」
「それはもちろん、どこも誠心誠意、命を守るために必死になって対策に取り組んでくれています。しかし・・・」


 部下は言い淀んだ。それでも回避できなかったのだ。もはや運命に身を任せるしかない。

「最近では裏取引などの不正売買も囁かれ始めています」
「なんだとっ」
「黒いダイヤにあやかって、白いダイヤとか呼ぶそうです」
「馬鹿げてるっ!!」

 隊長は「ふんっ」と鼻を鳴らした。

「うさぎたちはこの事態、どう受け止めてるんだ」
「いやあ、案外冷静で、なるようになるさと。祭りはまた来年もあるでしょと、昼寝してます」
「昼寝だと?!」
「あ、はい」
「くそ、この大事な時に・・・寝顔は可愛いんだろうな!」
「はい、それはもう。後で見に行かれますか」
「当然だろう!うさぎだぞ」

 部下は微笑して、深く頷いた。


「それにしても、来年までに、この騒動、落ち着くんでしょうか・・私には見当もつきません」
「仮に一旦落ち着いたとしても、またいつ発生するかわからない――というのが・・まあ、現実だろうな」
「神のみぞ知る・・か」
「そうだな、元々キリストの復活祭だしな」
「あ、そうですね」


 イースター祭前に姿を消したまま、とうとう現れなかった国中の卵たち。その真相は実に厄介で、問題解決までにはまだ時間を要すとされている。騒動の最中、親は随分たくさん命を落とした――

 誰にも抗えない運命だったのか、それとも人間のエゴだったのか・・未だ答えは見つからない。ただ我々は、受け入れるだけなのだろうか。

 鶏たちは、今日も静かに命を温めている。

                           ー終幕ー


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