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Through the Kaleidoscope

カウンターのこちら側から見る景色は万華鏡だ。

くるくる回りながら切り取られた鏡に現れるのは扉を開いて入ってきたひとたちの顔ばかり。
 店を構えて四年、色鮮やかな人々が扉から現れては消えてはまた現れ、調度品も入れ替わった。一年ほど前に誂えたカウンターの下には牛や小動物の皮、デコラティブな額縁が丁重に飾られている。

 閉店時間が過ぎ、お客様を見送って片付けの時分になった。ティーカップを戸棚に置いた私は、いつものように目の前に現れた鏡をすうっと通り抜けた。
 ちょうどもうひとりの店主がステンレスのドリッパーに珈琲豆を入れた瞬間だった。体中の毛穴のあちこちから珈琲の薫りとともにこの空間の気配が染み込む。ここは鏡の中にあるもうひとつの「Tetugakuya」だ。
  ドリップに集中している店主に気づかれないよう、カウンターの隅っこに腰を下ろした。ここが私の定位置。今日のブランデーケーキは出来が良かったのでとても楽しみだな、なんて思いながら、店主が少し落ち着いたところを見計らって「夢のなかで見る夢」とブランデーケーキを注文した。カウンターの向こう側から2人のご婦人が今日はじめて来たのよ、なんて会話している声が聞こえてくる。湯気の音、空調で揺れる布でドライフラワーがさわさわ擦れる音がかわりばんこに耳に入ってくる。一段落した店主に今日のできごとやちょっと困ったことを口にすると、彼女はくるっと目を開いて詰まってしまった溝が解けるような言葉が返ってくる。私はみるみるうちにブランデーケーキをたいらげてしまう。至福のひととき。万華鏡の中に住むひとたちと過ごす日々の重なりは、時間と生命のミルフィーユだ。鏡のむこうとこちらで起こる全ての出来事をタイムラプスで記録しておけたらいいのに。プロジェクターで壁に映し出されるそれらの映像は、過ぎ去った時を慈しみ、記憶を密やかに補ってくれるだろう。

 ウインドウチャイムが聞こえて我に返ると、カウンターのこちら側にもどってきていた。戸棚のティーカップ、あの人のお気に入りのカップだな、と顔がうかび、ふと、ここを後にするときはどんなときだろう、なあんてことが浮かんだ。いつか必ずやってくるそのときに、わたしはなにを思うのだろう。
 完成に程遠いわたしとおなじくこの店も未完成だ。あるいはずっと未完成なままかもしれない。
   For Tetugakuya  Model Ayano Sugihara



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