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かうかう・しんしんって何だろう?

横浜の濃き街の色思ふときかうかうとして熱きくちびる

これは20代半ば、当時、横浜にいたカミさんと付き合っていた頃の歌がメモに残っていたので引っ張り出してみました。
「熱きくちびる」としか言っていないのですが、ちょっと恋のにおいが感じられたりする?でしょうか。あまり深入りしたくないですが、そんな時代もあったなあ、みたいなことを思ってみたりします。


自分で使っておきながら「かうかう」って何だろう?とつまらないことが気になったので書いてみます。

こういう繰り返しの語を「畳語」と言いますが、世の中にはその種の言葉はたくさんあって、だいたい感覚的なイメージが共有されています。

この間、テレビで海老を食べたグルメレポーターが何と言うかという検証していましたが、みんな当然のように「ぷりぷり」と言っていました。たぶん栗ご飯を食べれば栗は「ほくほく」でしょう。鶏の軟骨とか貝の類は「こりこり」かもしれません。「外はかりかり、中はふわふわ」もよく使われますね。
ありきたりだけど、歯ごたえの感触、何となく分かります。


ただ、「かうかうとして」はよくわかりません。「熱き」を修飾しているから熱を帯びた状態を強調していると考えられはしますが、それが何かはよくわかりません。


以下、国語に興味のない方にとっては面倒な話でしかありませんが、「かうかう」は、今は「コーコー」と発音されます。中国から漢字が入って来るとき、当然その音と共に渡来したわけですが、中国音は複雑で、最初は日本人も何とか頑張って、例えば「高」はカウ、「皇」はクワウ、「甲」はカフとか、言い分け書き分けて来たのですが、そのうち面倒になって、みんな「コー」と言うようになったわけです。

易きに流れるのは人間も言葉も同じですね。

辞書で「かうかうと」を引くと、浩、広のような字で表される「広々と」というニュアンスもありますが、煌、耿、遑、皓、皎などの「ひかり輝く」類の意味が多く紹介されています。

加藤楸邨に
雉子きじのかうかうとして売られけり 
という句がありますが、これはまさにその意味でしょう。漢字を当てるとすれば「煌煌」「皓皓・皎皎」。
殺されて売られていく雉の眸が見開かれたまま光を放っている・・。
衝撃的な光景です。

一方、斉藤茂吉に
 かがやけるひとすぢの道遥けくてかうかうと風は吹きゆきにけり
という歌がありますが、この「かうかうと」にはうまく漢字が当てられない気がします。
「かがやける道」だがらやはり「」か?、でも「風が吹きゆく」だから「」か?、あるいは「」か?。あるいは「轟々と」か?。

感覚でわかればいいのかもしれないと思ってしまう、他の言葉に置き換えた瞬間に何か違ったものになってしまうような、そんな感じ。

茂吉は「かうかうと」という言葉を短歌に初めて採り入れたのは自分だと言っていますが真偽はわかりません。ただ、独自の感性でいろいろな語に新しい感覚を与えたことは確かで、例えば「しんしんと」とについても、茂吉以来、多くの人がそのニュアンスで使うようになったと言います。

解説的に言えば、恐らく、漢語とともに入って来た意味が次第に和語化する中で我々の感覚に合うような意味が付加されていったということになるのでしょう。

ただ、「しんしんと」というのも分かったようでわからない言葉でもあり、分からないようでいて分かるような気もする言葉です。
例えばこれは擬音語であろうか?と考えると「音か?」と考えてしまったりもするわけです。

「しんしん」って、音?、気配?、時の流れ?、何?

というわけのわからない疑問に突き当たります。
なのに、そういう言葉が「しんしんと夜が更ける・雪が降る」と言えば、そのイメージは何となく、しかも確実に、共有されていることはおもしろいことだと思います。

「何となくってステキ」
「考えちゃダメ」
と、いい加減な僕は思うのですが、そういう盲点を突いて質問して来る生徒に、「何となく、も大事」と言うと、嫌な顔をされます。
答えたくない(答えられない?)質問には、とぼけて「シンシンってパンダがいたなあ。今度、カウカウって名前つけたらいいかもね」的な答えをするから、きっと軽蔑されているに違いありません。

いま、近親感を持つ畳語は「ゆらゆら・ゆわゆわ・ふらふら・さらさら・ぶらぶら」みたいなのかなあ。浮遊感とか流れる感じ。再掲だが、ちょっと歌をあげてみたい。

三半規管に梟の来て鳴く夜をほろほろと酒に飲まれてゐたり

生きるとは ただ漂ふてゐるだけの ふはりふはりと ふはりと海月

寂しさもふわりふわりとあたたかく もぐらが海を見ていそうな日

球体のちひさな凸である僕のぐるんぐるんと青い寂しさ


よくわからない、こんな感覚を共有していただける方がいれば、幸いである。


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