第1話 憂鬱な月夜の薔薇
セシリア・アン・マリーは404号室の住人らしい。
瞳は海のように神秘的な深さをもった碧で、透明に輝き澄んでいいる。
白く透き通るような肌に頬はほんのり桜色でとても女性らしい立ち居振る舞いが麗しい。
通常不吉な数字は省かれるのが一般的で、そんな部屋は存在しないのがセオリーだが、不思議な鏡の向う側には確かに存在するのだから不思議だと言う噂もチラホラ。
そして、そんな彼女のそばにはいつも美麗な彫刻の様に美しさに華のある青年が仕えている。
青年は同じ顔でも同じじゃない執事は2人なのか1人なのかややこしいが、セシリア・アン・マリーただ1人だけに仕えているのは事実だ。
お茶の時間は15時03分から16時04分までで、紅茶は角砂糖が2粒でケーキはバナナのキャラメルショコラのカップケーキ、珈琲はキャラメルとミルクをお気に入りの銀のスプーンで1杯ずつ入れて、ケーキは天使の選んだ1粒と名高い白苺をふんだんに使った贅沢なムースケーキ、これが定番。
だけどたまにココアやホットチョコレート、それからホットミルクも素敵で心が弾むので、気分が高揚した時にはオルゴールと一緒にそれを優雅に嗜む時間も必要不可欠である。
数字は4の数字は不吉だと言う人も居るけれど『何かが終わるには問題ないもの。いい数字だわ』と彼女は笑う。
そして真っ暗闇に浮かぶ光が満ちる夜、月がかぼちゃランタンみたいなオレンジがかったくすんだ色をしてる時、朧な月が笑いながらシクシク泣いているようなそんな夜には『何か』が起こるようなそんな気がして心が踊ると彼女は言った。
【 アン・マリー邸宅本館にて 】
まるでおとぎ話の世界にでも迷い込んだかのような世界は、陽の光が美しく澄んだ空の青が清々しい。
鳥たちのさえずりが響き渡り、花々の甘い香りが漂う朝には、何とも言えない爽快な気分に包まれる。
「おはよう。セシル。気分はどうだい?」
「リディ?」
「あぁ、そうだよ」
目覚めた彼女は少しどこか寂しそうな雰囲気が漂う。
「また会ったわね、リディ」
「やぁセシル」
朝の会話にしてはなんだか様子がおかしい様な気もするが、セシリア・アン・マリーの邸宅ではこれが普通なのだからこの挨拶が正しい。
「さて、セシル、今朝は何をご所望で?」
「スコーンにするわ。そうね、キャラメルがいいわ。それと、アールグレイも忘れずにお願いね?リディ」
「あぁセシル。じゃあ用意までに着替えておいで」
リディと呼ばれる青年はテキパキと無駄のない動きでサクサク言われた事をこなして行く。
「さあセシル。」
「ええ、頂くわ」
誰もが憧れるような朝食の優雅な時間はあっという間で、ちょうど朝食を食べ終わると同時に鐘がボーンと耳に響く低い音でなった。
「時間ね、リディ」
そう言って立ち上がるセシリア・アン・マリーは少し悲しそうに微笑んだ。
*****
【数時間後】
「アップルパイもキャラメルショコラもいい匂いだし、凄く上手くできたわ!あと紅茶と珈琲は用意した?」
何だかウキウキとした感情が手に取って見えるようなそんな弾んだ声だった。
「ああ、セシル」
「そう。なら、大丈夫ね」
「時間はたっぷりあるさ」
執事のリディア・ミネルヴァ・ライルが答えると、セシルと親しみを込めた呼ばれ方をしているセシリア・アン・マリーはニコッと微笑んだ。
テーブルの上には今朝早くから彼女が特別に焼いたお手製のクッキーやら、アップルパイやらがどっさりと並んでいてどれも可愛くデコレーションされている。
「このアップルパイは特別だもの、キャラメルのような香ばしさが絶品よきっと!」
「勿論、絶品に決まっているさ」
「ふふふ」
セシリア・アン・マリーは可愛らしく笑う。
「リディ」
「ああ、セシル。向こうで待ってるよ」
扉ではなく扉に等しいものとも違うが、扉に近く扉と呼ぶもの…真っ直ぐに見つめ鏡の中の自分へとセシルが微笑みかけると、少しの間を開けてから同じ様にカノジョは微笑んですぐにお辞儀を返すのを確認してすぐに、ソファへと場所を変えて座る。
瞳を1度だけ閉じ、次に開くとそこは馬車の中だった。
「セシル様」
「アラ、ご機嫌用、ルディ」
横にいたのは兄弟とも違うが同じ顔であって少し違う、ルディア・ミネルヴァ・ライルだ。
「あ、ルディったらまた!セシルと呼んでといつも言ってるじゃない!」
「失礼しました、セシル」
「本当にルディは真面目過ぎるのよ」
「僕はいつも変わりませんよ」
意味深に片目を瞑って目配せをして、シーっと人差し指で唇を隠す様な仕草をするルディアに気づいたセシリアもまたハッとしたような顔をしてからクスッと笑う。
「ふふふ、そうね、ルディ」
「ええ、セシル」
「あ、そうだわ!ゆっくりしてる暇は無いのよ!ルッセンブルフに行きたいの。もう着くかしら?」
セシルは時間と言う概念が全く無いのか、今し方話した事にも関わらずもう着くかと言うのでルディは困った顔をしている。
「セシル、こちらではまだです」
「あらそう…」
とても残念と言う顔で『困ったわ』と窓の外を眺めて何やら考え込んでいる。
「まぁでも、あと5分程で隣町のルフゥに着きます。ルッセンブルフまでは後15分程で着くはずですよ」
「さすがね、ルディ」
すると馬車が止まった。
「あら?まだのはずだけど、着いたのかしら?」
コンコンと扉を叩く音が聞こえた。
「なーに?」
「セシリア様、お客人が来ております」
「あら、誰かしら?」
返事をしてすぐに扉の前まで来ると、セシルはすぐに扉を開けずに首にかけていたアンティークな宝石を散りばめた鍵をどこからでもなく取り出し挿すと、右に回して半分程回った所でガチャガチャと鍵が外れた音がした。
「どなた?」
声を掛けながらゆっくりと扉を開くと、そこには髪は赤茶で瞳は赤くルビーの様で肌は少し焦げているのか煤けているのか、キリッとした顔立ちには似合わない髭面のお世辞にも綺麗とはほど遠い姿の男が立っていた。
「あんたか?まぁ誰でもいい。俺はガイル・スチュア・マシューだ、ルージュは月の欠けた夜0時に宴で涙を流す。悲鳴は11時54分だ。」
意味不明な事をツラツラと話す彼の言葉を黙って聞いているセシルは、彼が話終わると同時に『ルージュは真っ赤な果実はお好きかしら?』と問うと、『薔薇は好きだぜ』と彼は言いくるっと背中を向けて歩き出し、セシルも振り向く事はなくそのままドアを閉めた。
「ルディ、残念だわ。ルッセンブルフでの買物はまた次の時になりそうよ」
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