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僕たちはUSで生きる。<夫婦世界一周紀90日目>

2012年3月。僕たちはキリンジの解散前の公演を見るために広島にいた。関係はぎくしゃくしていて、このまま別れることもあるかもしれないなと思うような時期だ。

そんな時にふいに立ち寄った料理屋で出会った老人のカップルは、僕たちと出会うなりこう言ったのだ。

「あなたたち、結婚すると思うわ」

その日がなければ結婚していなかったかもしれないと思うような、夫婦の鎹となる日。

きっと夫婦として長く生きていく為には、そんな日をいくつも乗り越えることが必要なのではないかと思う。

・・・

「夫婦は、USでなければならないのよ。」

「MEではなく、US。相手を自分のように思い、一緒になって生きていくの。」

再会したケイコさんとバッサンさんが僕たちに与えてくれた言葉だ。

その言葉に、僕とフウロのこれからの進むべき未来が示されているように思えた。

個々の意見とは別に、夫婦として一つの意見を持ち、その考えに責任と尊厳をもって生きていく。

二人で農園を営み、富を築き、それを全て失ってもなお大きな笑顔を浮かべ夫婦で楽しく暮らすバッサン夫妻のあり方は僕たちの理想だった。

そして、同時にこのタイミングでうーちゃんを失った意味も理解できる気がした。

僕たちの結婚生活の序章が終わったのだ。

同棲し、結婚し、就職して、世界一周旅行を達成する。その姿を影でずっと支えてくれたうーちゃんは、その役目を終えたのかもしれない。

ペットは僕たちよりも早く死んでしまう。それは曲げようのない事実であって、側から見ても明確な理由を特定できないしならばなおさら、その死にも役割があるのだろう。

悲しみはきっとこれからも、親の死だったり、天災だったり、色んな形で訪れる。その悲しみから逃れることはできないし、逃れてはいけないことだ。それがあるから人生に喜びがあって、感謝が生まれる。

そして、悲しみを一人で引きずるのではなく、そこにはフウロがいて、一緒に悲しんで歩んでいける人がいる。

USというくくりを感じながら、二人で世界を作っていくのだ。

・・・

ケイコさんとバッサンさんと別れ、宿へ車を走らせる。

雨上がりの路面に夕日が反射していた。後ろは雨空、上空は曇り空、走る先には青空が広がっている。全ての天気を備えると言われるハワイ島の独特な気候だ。まるで僕たちの気持ちをそのまま現しているかのようだった。

フウロの手元には、一本のワイン瓶があった。

九年前、昔のケイコさん宅で柑橘のタンジェロで作るワイン醸造の工程を見せてもらったことがあった。未成年の僕にはそのワインを飲むことが出来なくて、ずっと心に残っていたのだ。

ラベルには2011年と書かれていた。タンジェロ畑を手放し、もう2度と作ることの出来ない貴重なタンジェロワインを譲ってくれたのだ。

僕たちの世界一周の意味とは。

ただどこかに行って、何かを見て、感動するということではなかった。

もっと人生にとって大切なことを教えてくれる時間だった。

自分にとって、夫婦にとって。

悲しみの切れ間にあたたかい充実感が得られる不思議な日だった。


僕たちはその夜、うーちゃんの鳴き声を聞いた。

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外に出ることが出来ない今、旅をできること自体に価値が生まれつつあります。僕たちが見てまわった世界はもうないかもしれないけれど、僕らが家にいる時にも世界は存在していて、今日もトゥヴァだってニウエだってある。いつか全てが終わった時に、あそこに行きたいと思ってくれる人が一人でも増えたらいいなと思って、価格を改訂しました。 無料で公開したかったのですが有料マガジンを変更することが出来なかったので、最安値の100円に設定しています。

2018年8月19日から12月9日までの114日間。 5大陸11カ国を巡る夫婦世界一周旅行。 その日、何を思っていたかを一年後に毎日連載し…

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