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もしも<夫婦世界一周紀88日目>

奇跡を起こすのは容易なことではない。時空を歪ませ、あらゆる幸運を一緒くたにして煮詰め、それだけでは足りないから利息付きで幸運を借りて、ようやく奇跡は叶う。実際はそういうことを意識してやれるわけではないのだけれど、奇跡とはそういうものだなと思う。今振り返ってみると、これから数日間はまさに奇跡の連続だった。利息でパンクするほどに。

幸運たちが命のかけらを一つ、また一つと削っていってしまったのではないかと自責の念に駆られる。一挙一動に意味があるはずもないのだけれど、それでも、訪れた結果から逆算して、人はどうしても意味を勘ぐってしまうし、意味があってほしいと願うのだ。それがたとえ不幸なことであっても。

バリケンと戯れているとき、僕はうーちゃんのことを考えていた。もう1ヶ月もすれば本物のうーちゃんを抱っこできるのだ。バリケンは抱っこされ慣れていないのか、油でべたべたしていて、ちょっと怯えていた。ちょっと悪いことをしてしまったかもしれない。

サウスポイントは穏やかだった。遠くからみると曇り空なのに、近くにくると真っ青に晴れていて、海も青々としていた。二人で崖から飛び込み、九年前の僕との約束を果たす。ちゃんと

九年ぶりに見たグリーンサンドビーチへの道には、あの時よりずっと深くて確かな轍が出来ていた。轍というよりも、もはや道だ。いつの間にか立派な観光地になっていて、4WDのワゴンでビーチまで往復出来るようになっていた。僕たちは徒歩を選択した。水を持って行かなかったせいで乾きで死にかけた九年前のように。不穏な空で、絶え間なく風が吹いていた。そういえば九年も、ここには風が吹き荒れていた。その時には当たり前に思えた光景が、写真をみると不吉な前兆にも思えた。

近くでみるとキラキラと光る緑色の宝石で構成されているグリーンサンドビーチは、あの時のままだった。もっとも、ボディボードで遊べるようなレベルの波ではなかったが。誰も泳いではいなかったけれど、僕たちが海に入るとみんな釣られるように入っていった。左端の岩の近くにひょっこりとウミガメが顔を出して、慌てて追いかけた。一緒に泳いだり、目があったりして楽しかったけれど、あれはウミガメにとっても楽しいことだったのだろうか。

波に揉まれどしんと腰をぶつけて、フウロは仙骨のあたりを痛め、それから半年くらいはずっと痛んでいた。そんなこともあってすっかり疲れてしまって、僕たちはビーチサンダルを忘れて行ってしまった。ハワイの神様は海にゴミを捨てる人のことを決して許さないという。許さないらしいのだ。決して。

今もしあの日に帰れるのだとしたら、もう一度自分の生活を見直して、出来る限り節度のある1日を過ごす。それで何かが変わっても、変わらなくても。110日ある旅のうち、今日からの4日間は長く重く、深い日々だ。

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外に出ることが出来ない今、旅をできること自体に価値が生まれつつあります。僕たちが見てまわった世界はもうないかもしれないけれど、僕らが家にいる時にも世界は存在していて、今日もトゥヴァだってニウエだってある。いつか全てが終わった時に、あそこに行きたいと思ってくれる人が一人でも増えたらいいなと思って、価格を改訂しました。 無料で公開したかったのですが有料マガジンを変更することが出来なかったので、最安値の100円に設定しています。

2018年8月19日から12月9日までの114日間。 5大陸11カ国を巡る夫婦世界一周旅行。 その日、何を思っていたかを一年後に毎日連載し…

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