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自分勝手で、いいのだ。

「感性を研ぎ澄ます」

私が今回カンボジア行きを決めたときの大きな目的の1つです。

カンボジアに行く前、私は沢山のことを忘れてしまっていたからです。

そして、カンボジアに来てみて、沢山のことを思い出しています。

2年の社会人経験で失ったもの

私、失うものなんて無いと思ってました。
社会に出たら、得るものばかりで、面白い日々が待っているだろうと思ってました。

でも、実際とイメージとのGAPは大きかった。
もちろん、私の意識の問題でもあるだろうけど。

そして、沢山のことを失っていきました。

自分の意見を相手に伝えること。異論があればいうこと。
相手の言葉の意図がわかるまで質問し続けること。
右ならえをする前に、何故そうするのか? を考えること。

これらの行動をやめたことで、心と体の間の乖離はどんどん深まっていきました。

自分の思う通りに行動できない、行動しても無駄だと思ってしまう自分に対して、段々自信がなくなって。

自信がなくなったから、行動したいと思う気持ちも少なくなってきて……。

そんな後ろ向きの気持ちは、私生活にも影響していきます。
そりゃそうです。
週5日8時間以上の時間をそんな状態で過ごしていたら、元々の自分がどんな感じだったか忘れてしまうのはある種当然だと思います。

完全に負のスパイラルにハマっていたと思います。


海外の人々に教わる「自由」

話が少し前後しますが、社会人になる前。
大学4年の卒業間近。私は人生で初めて海外旅行にセブへ行きました。
その後立て続けに、モロッコ、グアムにも行きました。

初めての海外は、目に見える全てが新鮮で面白かったです。
まるでディズニーランドのアドベンチャーランドエリアみたいな光景。

ディズニーランドがいかに精密に世界を創っているかに感動したのと同時に、世界には本当にこんな光景が広がっているのかと驚きました。

景色の1つ1つも、もちろん目新しくて。

でも1番驚いたのは、そこに暮らす人々のカルチャー。

みんな、人目なんてまったく気にしない。
その時の自分がやりたいことを、やりたい場所でやってる。

「誰かに見られているかも」なんて微塵も気にしない振る舞い。

その全てが、日本人として生きる私とは違って見えて新鮮でした。

それは、今まで行ったどの国でも同じように感じます。
特にカンボジアは自由度が高いかも。

みんなが自由な雰囲気を持っている海外に行く度に、私も開放的な気分になります。

道路に寝っ転がってる男の子がいたり。

トゥクトゥクの営業そっちのけでゲーム始めちゃったり。

「これでいいのだ」って全身全霊で教えてくれる。

本人たちは教えるつもりもなく、自然にそうしているところも好き。

そんな自由な雰囲気が心地よくて、これでいいって思い出させてくれるみんなの存在が大切で。
定期的に海外へ行くのは大事だなあと思っています。

カンボジアで思い出した3つのこと

私がカンボジアで思い出せたことは沢山あります。
その中でも特に大事なのは3つかな。

「今日と同じ日は、もう一生来ない」
毎日小さな事件があって、ドラマがある。どんな人のどんな1日でもそう。

でも、それをドラマだと捉えるか、
なんでもない日常と捉えるかは自分次第。


自分がどうやって生きていきたいのか、どんな時間を過ごしたいのかは、自分でコーディネートしていけることに気付きました。

「無理に相手に合わせない」
本当は断りたいけど、悪いから行かなきゃ……。
日本に居たときはそんな日もあったけど、今ではその行為はお互いのためにならないと考えるようになりました。

そんな気持ちで行く私はきっと、「相手に与えてもらおう」という意識が先行してしまうので、結果的に相手も自分も疲れてしまうことを実感したからです。

ベストな関係は、お互いに与え合えるし受け止め合える関係だと思っています。

「自分の気持ちに素直になること」
本当は寝たい、これが食べたい、ここに行きたい、あれがしたい。

そういう、本当に自分がやりたいことをやらせてあげようと思いました。
我慢しないで、自分の気持ちを満たしてあげたい。

全部叶えてあげても、案外堕落しないもんだとわかったからです。

カンボジアに来て1ヶ月、私は欲望のままに食べまくりました。
結果、5kg太る現実に直面しました。
最近は、事実を受け止めて反省し、暴飲暴食を控えています。笑

この件から学べるのは、「人は行くところまで行くと、やべえと思って軌道修正する」ということ。

欲望のままに生きるといっても、「食べたい欲」と「体型維持したい欲」があるわけです。

それが一定までどちらかに偏って天秤が釣り合わなくなると、釣り合わなきゃって力が勝手に働くようになる。

同じように「自分の利益」を追求しすぎていくと、「相手の利益は大丈夫なんだっけ?」と天秤を釣り合わせようとしてくれる。

中途半端に気持ちを我慢して、「やっぱりあの時こうしたかった……」という気持ちが頭にこびりついて離れなくなってしまうくらいなら。

やりたいことはやりたいだけやってみる。

後のことはそれから考えるでも、人間は頭が良いのでなんとかしてくれます。

そして、私は痩せます。信じてます。

自分勝手で、いいのだ。

私が今の時点で最も思い出せたことは、「自分勝手で良い」ということ。
これから日本社会に戻る私に、どうかずっと忘れないでいてほしいこと。

日本社会でも自分勝手に生きられている日本人は沢山居ます。
そうではない方向に変わっていく人も沢山居ます。
大事なのは、自分がどうしたいか。私は前者でありたいです。

下手に「誰かのために」と自分を置き去りに動いてしまうと、「私はこんなにしてあげてるのに! 」という気持ちになってしまうことがあります。
でも、相手のためと思ってやっていることは、実は相手からしたら嬉しいことじゃないかもしれないんです。

いつだって、相手に求めすぎるのは危険だと知りました。

相手のことを100%理解することは不可能です。
なんなら自分のことだって、100%理解出来ている人は居ないんじゃないかな。

自分のために動いている意識で生きること。

その土台があって、自分が満たされていて、初めて相手にも自然と与えられる。

この順番を意識していきたいと思います。


ご清聴、ありがとうございました。

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東京住み24歳。IT企業の新規営業でした。1月末に退社し、3月からは買収したカンボジア屋台の経営者をしました。ヒトの考え方や価値観・文化を聴くのが好きで、キャリコン資格を勉強中。

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