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原作と映画と ~映画『つぐない』〜

つぐない2007年 イギリス・フランス
監督)ジョー・ライト
出演)ジェームズ・マカヴォイ、キーラ・ナイトレイ

あらすじ)1930年代イギリス。ある夏の日、令嬢セシーリアと使用人の息子ロビーは身分の違いを超えて愛し合っていることに気付く。セシーリアの妹ブライオニーは、その想像力の豊かさと多感な年頃ゆえに、ふたりの関係を誤解し、ロビーが姉を無理やり犯したのだと思い込む。同じ日の晩、屋敷に来ていた従妹が何者かに襲われるという事件が起こり、ブライオニーはロビーが犯人だと偽りの証言をしてしまう。

 刑務所へ送られ、やがて戦地へ赴くロビー…
屋敷を出て、看護婦となるセシーリア…
事の重大さに気付き、罪を贖うため姉と同じ看護婦の道にすすむブライオニー…

ふたりの愛は再開できるのか?ブライオニーの罪は贖うことができるのか?世界大戦への突入する時代を背景に、愛と生涯をかけての償いの物語。

原作と映画と
 近年観た中で、最も美しく、最も切ない作品。原作は英国作家イアン・マキューアンの“Atonenement” (邦訳『贖罪』新潮文庫から出てます)。
 ちなみに贖罪とは、キリストが人類にかわって十字架にかかり、人類の罪をつぐなったという意味で使われることもあり、映画のタイトル『つぐない』から日本人が想像するより重い意味がありそうです。映画の中でロビーという前途有望な青年は、少女の嘘ゆえに、身に覚えのない罪を負わされ、苦難の日々を過ごすことになりますが、キリストの受難の姿と重ねあわせてみることもできます。

 ーと、難しいことは抜きにしても、仏教徒でも、もちろん宗教なんて関係ないという人でも、きっと感じるところのある印象深い映画です。
 多感な年頃のブライオニーの嘘と戦争によって引き裂かれる、ロビーとセシーリアの始まったばかりの愛…
 Come back to me.    私のところへ戻ってきて。
 ナース姿のセシーリアが囁く言葉が、観る人の心にもこだまするはず。
 Come back to me!…Come back to me!…

 青年が戦場から戻るのを待ち続けるセシーリアを演ずるのが、『パイレーツ・オブ・カリビアン』のキーラ・ナイトレイ。ミーハーな言い方ですが、キーラの輝く美貌を観るだけでも価値あります。緑色のロングドレスから伸びる長い腕、滑らかな背中、白い頬にかかる黒髪の艶やかさ。まったくグラマーじゃないのに、すごく官能的。
 この女優さんはなぜ、こんなに美しいのか? 同性ながら、見とれてしまいます。キーラの登場シーンは、巻きもどして観ちゃったりします。他の出演作においても圧倒的に美しくて、キーラの周りは空気が違うというか、これがオーラというものなのか。ジョー・ライト監督の『プライドと偏見』にも出ていますが、これもすごくきれい。ストーリー後半に行けば行くほど女として花開いてゆく。田舎育ちの、じゃじゃ馬娘の役で、衣装もあまりゴージャスじゃないのですが、それでも瑞々しく美しい。

 『つぐない』では、大学で不良のマネごとを身につけてきたお嬢様という役どころとあって、いらいらと煙草を吸う姿が美しく、どこか退廃的な感じもします。後にセシーリアは上流階級の暮らしと家族を厭い、看護婦になりますが、戦場に赴くロビーを見送るナース服の彼女は簡素でいて、愛する人を待ち続ける決意に満ち、美しくはかなげです。

 映画を観終わった後でセシーリアの美しい姿を思い出すと、戦禍の中で失われていった罪なき、諸々の美しきものの象徴のようにも思われてきます。

 劇場で映画を観終わった後、原作が読みたくなり、すぐに本屋さんへ走りましたが、当時、天神の丸善でもジュンク堂でも品切れ。予約が多かったみたいです。映画の効果ですね。

 一緒に映画を観た友人が「これって、原作はもっと重いんだろうね」と言ってましたが、小説は文庫本で上下巻とボリュームがあり、わりと古典的なスタイルの小説です。それでも、読後感が重いかというと、『贖罪』とタイトルにあるだけにテーマは重いのですが、気が塞ぐような重さはない気がします。それはイアン・マキューアンの装飾の多い、優雅かつ冷静な筆致のおかげともいえるし、悲劇の中にも罪を贖うために「自分のやれること」を行い、わずかな光でも生み出そうとする作家の姿勢のためでしょうか。
 『贖罪』は小説家を夢見ていた少女ブライオニーが老年に至り、実人生を元に『贖罪』を書き上げ世の中に問うという、小説の中で小説が描かれている二重構造を取っていますが、私には作家ブライオニーの姿もまた、イアン・マキューアンという作家に重なって見えました。
 
 書くこと、創作することは、現実に光をもたらすことはできるのか?
 そんな真摯な問いを形にしたようなイアン・マキューアンの原作ですが、「映画も好きだけど、活字も好き」という人には満足できる傑作長編です。鬼才イアン・マキューアンが相当な文献にあたって仕上げ、英国では大学入試にも取り上げられた作品という点からも、大変興味深いです。

   原作小説と映画とでは、たいてい原作の方が面白かったりしますが、『つぐない』は原作の世界を壊さず、うまく映像化してしています。ブライオニーの部屋の動物のミニチュア等細かな点まで忠実に再現されていて、びっくりしたところも。
 原作は読んだことあるけど映画はまだ、という人がいたら、映画も観てみることおすすめススメです。

-2008年 福岡天神KBCシネマにて初鑑賞-
(この記事は、SOSIANRAY HPに掲載した記事の再掲載です)

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