見出し画像

ココロのエネルギーの対価

自分が病院で働いていた頃を思い出して、
自分と同じ繊細さんの働きぶりを、その他の人と比較してみて、
精神障がい者さんが作業所で働いているところに同席させてもらって、
その収入を聞いて、思った。

その人のココロのエネルギーの消耗分が対価として支払われたら良いのに!
と。

経済社会ではアウトプットされた商品やサービスの出来高に対して
対価が支払われている。
そりゃそうだ、当たり前だ。

でもね、でもね、
ある精神科病棟のナースステーションで
看護師が患者さんの「窓口対応した」というアウトプットを見ると、
繊細看護師さんは「お待たせせず素早く」対応し、
かつその患者さんの病棟内での人間関係まで意識して対応にそなえ、
加えてその後ろを通っていらっしゃる患者さんも視野内に入れて
配慮しているのに対し、
そうでない人は、窓口で患者さんに「すみません」と声をかけられてから
「えー?」っという感じでゆっくり振り向き、
ゆっくり椅子から立ち上がり
「なにー?」という感じでゆっくり窓口に近づくんですよ。
さらに言えば、ベテラン繊細さんは窓口に近づいて来る患者さんの
気配でどなたがいらしているのか気づき、
この患者さんにはどのタイミングで窓口対応した方がより治療的か、
間と動くスピードや話し方まで意図して対応しているんですよ。
素人さんから見れば同じ出来高かも知れませんが、
実はこんなに使っているココロのエネルギー(頭のエネルギー?)
が違うのです。

喫茶店のウエイトレスさんだって、
9番テーブルのお客さんに水を継ぎ足すというアウトプットは同じでも、
繊細さんは10番テーブルさんのお食事を出しに行くときに
9番さんのお水が無いことに気づいていて
「ああ、お水を足してさしあげたい」と思いつつ、店が混みあっていて、
3番さん、6番さん、1番さんの給仕を済ませてからの9番さん
(ここまでずっとココロを動かし続けている)のに対し、
そうでない人は「あ、空」→継ぎ足す、以上。だったりする。
この気働きの差をお金に換算して欲しいと思ったことがある人いませんか?

作業所ではね、本当に簡単な作業をされています。
箱折りだったり袋詰めだったり。
それ以上のことができる方もいるし、それで精一杯の方もいる。
ただ皆さん、健康な人が見向きもしないような作業を黙々とされている。
毎日、2時間頑張って帰る人がいる。
毎日、6時間頑張って帰る人がいる。
本当は6時間頑張るつもりで来たけど、どうしようもなくしんどくなって、
3時間で帰った人もいる。
ある日「今日は僕、不調なんです。幻聴が聞こえる。くそ~!
こんな僕ですみません」と机に突っ伏した人がいた。
みんなから「無理しないでね」「休んで」「帰ってもいいよ」と声をかけられながら必死に不調や怒りの感情と戦って、自分らしさを取り戻して
最後まで作業を続けられた。
・・・戦っているあの日のあなたの背中、かっこ良かったよ。
元々頑張るタイプだったのに頑張れなくなった自分と向き合う辛さを知っていますか?
本当は頑張りたいのに病のせいで頑張れない悔しさを知っていますか?
2時間ってそりゃ短すぎるって思われるかも知れないけど、その2時間、
ココロのエネルギーをフルに使ってヘトヘトになって帰っていく人がいることを知っていますか?
で、1か月黙々と働いて、いただくお給料は数千円。

あー、使ったココロのエネルギーを対価にしてくれるシステムがあったら、
作業所のみんなの生活が本当に潤うのに・・・と思う。
みんな病と闘って、世の中の差別や理不尽と戦って、自分自身のココロとも戦って、そこでの人間関係に配慮しあいながら、助け合いながら、思いやりあいながら・・・毎日ココロはクタクタだ。
精一杯、ココロと鉛の様に重いカラダを動かして生きている。
生活保護だって障害者年金だって、ありがたいけど、
本当は自分で働いて賄いたいって思っている。

病や障がいが無くても、ココロもカラダもクタクタになるまで働いて、それでも報われない人がたくさんいる現代だから、こんな叫びも拾ってもらえないかも知れない。
それでも叫ぶ。
彼らはよっぽど働いているんだ!と。
ココロのエネルギーの消耗度は世の中で働いている人のそれと遜色ない!
もしくはそれ以上だ!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?