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謝罪とサービスの質に関する個人的意見(その2)

今から20年以上前かなあ。
まだ医療界にも発達障害の診断名が浸透していなかった頃、
一人の少女が統合失調症の診断名で入院してきた。
帽子を目深に被り、人と視線を合わせることを避け、接触も難しく、
よくデイルームで一人、卓球の壁打ちをしていた。
当時は主治医を筆頭に皆して「統合失調症?」と首をかしげたものだが、
今になれば明らかに発達障害の方だった。
同時期、意地悪おばさん2人も入院していて、看護師はもちろん、
コミュニケーションが上手く取れない彼女も格好の餌食だった。
年末の大掃除でデイルームの窓拭きが当たっていた私はセッセと拭いていた。
そこへ意地悪おばさんの彼女への攻撃が始まった。
理不尽なことを言うなら訂正しやすいけれど、正論をぶつけてそれができない彼女をなじる。
で、私も知識も技術も未熟だから助けたいのに言葉が出てこない。
ヤキモキしながら窓拭きの手が止まっていると、一人のおばさんが
「看護師さんだってそう思うわよね~。だって、看護師さんは間違わないもの、ね~。」ときた。
今の私なら易々と言える。
「そんな訳ないじゃないですか。間違えることもありますよ。」と。
でも、当時の私は何か医療者が間違うとか知らないとか言ってはいけないような感覚にとらわれていて何も言えなかった。
彼女はデイルームを飛び出していった。
私も慌てて椅子から降りて彼女を追いかけたが、彼女はもう部屋に入るところだった。
届かなかった「守れなくてごめんね」の言葉。
もちろんこの後、猛内省して、どうして私は「間違うこともある」と言えなかった(ここが彼女を守る第一関門だったため)のか自問自答を続けた。
自信の無さ、攻撃される恐怖心、若気の至りの変なプライドを見透かされていること、何でもかんでも謝ってはいけないという風潮・・・直ぐには答えが出なかったけれど、多分、他業種の素敵なサービスを受ける中で気づかされたのだと思う。
的確でスムーズで誠意のある謝罪は質の良いサービスの大事な要素だと。

それから数ヶ月後位だったと思うが、20:30頃患者さんから
「僕、血圧の薬飲んでるんですけど、朝、グレープフルーツが出てたんですよ。良いんですか?」と質問された。
今はダメだと常識になっているが、当時はその知見がチラホラ出始めたばかり。
私もTVで聞いた気がするけど・・・といったレベル。
一瞬焦ったけれど次の瞬間
「申し訳ございません。私の勉強不足で直ぐにお答えすることができません。早急に調べますので1日お時間をいただけますでしょうか。」と言っていた。自分でも驚いた。
もちろん直ぐにネットで調べ、エビデンスもプリントアウトした。
当時そういった説明は患者と医療者との信頼関係に関わるので安易に看護師から言ってはいけないとされていた。
翌日主治医に経緯と調査結果を説明。私から説明してよいという事になった。
「お時間を頂きありがとうございました。
〇〇さんのおっしゃるとおりグレープフルーツは薬の作用を助長する可能性があるためいけませんでした。
ご心配をおかけして申し訳ございませんでした。
食事のオーダーをグレープフルーツ禁止にさせていただきましたので、
どうぞご安心ください。」

随分年齢を重ねて40代半ば頃、後輩の対応に対する苦情を患者さんから受けた。個室でじっくり伺った。
言葉遣いや態度や、おそらくちょっとした行き違いがあったのだろうし、
彼(後輩)もまだまだ成長途中だ。
何となく両方の気持ちがわかる気がした。
そこで患者さんが不愉快に思われた気持ちに関しては精一杯同意した上で
「私たちの教育不足のせいです。本当に申し訳ありません。」と謝罪した。
一方で、彼の成長にはもう少し時間がかかるし、この件を今のタイミングで私から言うのは効果的では無いなと判断していた(彼のことは私が信頼する別の後輩が育ててくれていた)。そこで
「ただ、人間関係に関する成長を促すには中々時間がかかる部分もありまして、今後も厳しく指導はしていきますが一朝一夕には良くならないと思います。
どうか今しばらく、成長途中だから仕方ないかという目で見守ってやっていただけませんでしょうか。
もちろん、ご不快な事があれば全て私が伺います!」とお願いした。
あ、もちろん患者さんの状態をアセスメントした上での対応です。
患者さんの人間力も信じていたし、後輩の成長も信じていたので、
何だか自信を持って対応できた気がしたエピソードです。


サービス提供者にはサービス提供者の、客には客の役割やマナーがあると私は思う。
最近はクレーマーとかいう理不尽な人たちがいるので余計にサービス提供者は防衛に走るのかも知れない。
私は何でもかんでも謝るのが良いとは決して言っていない。
的確でスムーズで誠意のある謝罪が良いのだ。
例えば相手を不安にさせた、不愉快に思わせた、お待たせした、ご心配をおかけした、そこに対して謝罪する。
そして理不尽な要求には毅然とした態度で断ることも大事。
これも訓練が必要だけど。
きっと宅配のコールセンターはコールセンターのマニュアルしか渡されていない、現場を知らない方が多いのでは?と想像する。
正社員じゃ無い方も多いのでは?
現場も知らない、正社員でも無いとして、一日中客としての役割やマナーを守らない人たちを相手にしていたとしたら嫌にもなるよねとも思う。
でもささくれだった者同士がやり取りするだけの世の中じゃ、
ずっと肩がぶつかったときに双方が謝る世の中には戻らない気がする。

私は私が経験したり学んできたことでしか謝罪について考察できないけれど、他の分野の方たちはどんな切り口をお持ちなんだろう。

サービスはもちろん謝罪だけでは無い。沢山の要素がある。業種によってもちろん違う。
間違いないのは、素晴らしいサービスは人を元気にするということだ。
私にそれを最初に気づかせてくださったのはヨコハマ グランド インターコンチネンタルホテルのスタッフの方々だ。
当時仕事に家事にヘロヘロだった私をフロントに案内してくださるところから部屋に到着するまでの間に元気にしてくださった。
それ位、過不足の無い素敵なサービスだった。
看護界では患者さんが本来持っている力を沸き立たせる援助をすることを
エンパワメントと言ったりするが、
「エンパワメントってこういうことか~」と実感できた出来事だった。
私が看護「サービス」について考え始めたのも、
他のサービス業に対して厳しくなったのも、この経験がきっかけだ。
でも安心してください。
不当だと感じたときには正式なルートで抗議はしますが、
決してクレーマーにはなりません。

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