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121. 慢性硬膜下血腫ってなんだ?

ミュージカル好き救急医の独白 vol.121
- The Monologue of a Musical-Loving Emergency Physician -

はじめに

みなさん転んで頭をぶつけたことがあるでしょうか?サッカーやラグビー経験者の方はヘディングやタックルの際に頭をぶつけ脳振盪などの経験がある人もいるかもしれません. 私も学生時代タックル後に脳振盪様症状を起こしたことはありますが, 基本的には予後は良好でその後どうにかなってしまうことはありません. 転んで頭をぶつけた場合も同様で, 多くの場合は頭に擦り傷をつくる程度で特記処置を必要とすることはありません. しかし, 時に頭の中で出血がジワジワ, そして様々な症状を呈することがあるのです. 今日はそんなお話を.

今回のミュージカル

生きる IKIRU
1952年に黒澤明監督が発表した映画『生きる』のミュージカル化です. 2018年初演, そして今年, 2020年再演となりました. 市村正親さん, 鹿賀丈史さんのWキャストというだけで最高なミュージカルなのですが, 宮本亜門さんの演出, ジェイソン・ハウランドさんの曲も素晴らしいのです. 久しぶりに劇場で観劇し, 涙を流しました. 渡辺勘治の息子, 渡辺光男役は再演の今回から村井良太さんですが, 上手ですね. デスノートでも抜群の歌唱力でしたが, 本作品でも昭和の男を演じています. 村井さんもパンフレットに書いているのですが, 一幕の最後の曲『二度目の誕生日』はレミゼの『ワン・デイ・モア』を彷彿させる圧倒的なパワーがあり, 叩き始めた手を止めることがなかなかできません. 今回はコロナの影響で両隣の席が空席であったこともあり, その後しばらくゆっくり腰掛けながら余韻に浸っていました.
渡辺勘治は公園をつくろうと努力するのですが, その途中悪い方々から殴られ蹴られるシーンがあります. 直接頭を殴られたりぶつけたりしていなくても実は…ってことで今回は頭の外傷, 特に慢性硬膜下血腫(まんせいこうまくかけっしゅ)に関して.


救急外来あるある

78歳の男性(CLさん)が, 娘さんに連れられ救急外来を受診しました. 本人は特に困っていないようですが...

Dr.S:「今日はどうされたのですか?」
Pt.CL:「…」
CLさんの娘さん:「なんだか最近フラフラしていて. 」
Dr.S:「いつからですか?」
CLさんの娘さん:「先週くらいからですかね. その前はなんともなかったと思います.」
Dr.S:「他になにか気付いたことはありますか?」
CLさんの娘さん:「一緒に住んでいるわけではないので…会話も時々おかしいですね.」
Dr.S:「CLさん, 最近転んだり, 薬が変わったり, なにか変化はありましたか?」
Pt.CL:「いや, 別に…」
CLさんの娘さん:「そうやって言うのですが, やっぱり普段と違います.」
Dr.S:「この手の傷はどうしたのですか?転びました?」
CLさんの娘さん:「ねぇお父さん, 転んだの?どこかにぶつけたの?」
Pt.CL:「いや, 別に…」
Dr.S:「なるほど…」

慢性硬膜下血腫とは

転ぶなどの頭部外傷などによって, 硬膜とクモ膜の間に血液が溜まってしまい, それがひどくなるとその内側にある脳を圧排し, いろいろな症状を引き起こします. これが硬膜下血腫であり, 定義としては, 発生から3日以内のものを急性硬膜下血腫と呼び, 21日以上経過したものを慢性硬膜下血腫と呼びます.
救急外来では頻度の高い疾患ですが, いつ受傷したのかが正確にわかることは決して多くなく, 明らかな転倒歴などが同定できないことも少なくありません.
みなさんも誰かに思いっきり殴られたなどであれば覚えているかもしれませんが, 酔っ払って転んで頭をぶつけた, 机の下におちたペンを拾うときに頭をぶつけてしまったなどは忘れてしまいますよね?!

慢性硬膜下血腫の症状

典型的な症状は, 意識が悪い, 尿失禁(尿を漏らしてしまう), フラフラする, 活動量が低下するなどですが, 頭痛や麻痺, けいれんを認めることもあります.
高齢者で多く, それが故に普段の認知機能の問題から症状がはっきりしないことも少なくありません. また, 認知症と勘違いされてしまうこともあります. この点は以前も取り上げましたが, 認知症は急性に発症するものではないため, ここ最近急激に認知機能が低下してきた場合には, 慢性硬膜下血腫や電解質異常などの治療可能な認知症(Treatable dementia)を考える必要があります.

慢性硬膜下血腫は頭部CTを撮影すれば診断は容易です. 上記の症状を認める場合には手術が必要なこともあり, その場で亡くなる病気ではなくても, 対応が遅れれば入院期間が延びたり, 基礎疾患のコントロールが不良となり, 受傷前の生活に戻るためには時間がかかってしまいます. 高齢者に多い病気ですから, 自分の両親や祖父母がなんだか普段と違う, フラフラする, 受け答えが緩慢である, 最近よく転ぶ・転んだなど, 慢性硬膜下血腫を疑う所見がある場合には, 認知症だろう, 年のせいだろうなどと思わず, 日中早めの受診をお勧めします.


♫遅くはないのか 間に合うのか まだ 私の命 燃え尽きたわけじゃない
今のままならば 死ぬ日を待つだけになる それでいいのか 一度だけの人生
こんな私でも できることが何か 見つかるかも いや 必ず見つかるはず
ひとに喜ばれる 何かできないか 残りの日々 すべてを捧げて
もう今までの私ではない 胸に 力がわいてきた
希望が私に光をくれる 新しい夜明けがきた
今日から変わる 私は変わるんだ 絶望の暗闇には もう戻るものか
最後のときまで 生き抜いてみせよう
今日が二度目の 誕生日だ 私は生まれ変わろう 今!♬
『二度目の誕生日』

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