紫苑とドアとおでこと抱っこ

※登場人物※
『紫苑(しおん・娘いぬ)』
元深窓の令嬢おばけでセーラー服好き
色々な物をすり抜けていた癖が抜けずにぶつかってはしっぽを丸める日々
『ご主人』
おばけの時も娘いぬになっても紫苑を受け入れる広い心を持つご主人

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「わぅっ!」

ゴスッ! と鈍い音が頭の中に響く。
すぐにおでこ付近がズキズキしながら熱くなってきた。

「……うう、おでこが痛いよぉ、またぶつけたよぉ……」

ぶつかったドアにもたれかかりながら、おでこをおさえて座り込む。

「ふぇぇ……くぅん……」


油断するとまだ通り抜けている時の癖がでちゃう。
はやくなおさないとドアに穴があいちゃうかも……。

「ぁう……」

「結構すごい音がしたけれど……紫苑、大丈夫?」

落ち込んでいると頭の上の方から心配そうな声がする。
ぅぁう……。

「ごしゅじぃん……」

「またドアにぶつかったの?」

「はぃ……」

「ほら、見せてごらん」

そう言いながらご主人がしゃがみながら私のおでこの様子を見てくれる。

「あらら、赤くなっちゃってるじゃないか……これは痛そうだね……」

片手で前髪を持ち上げながら、もう片方の手で頭をなでてくれるご主人。

「ぐすっ……うーうー」

「紫苑? そんなに痛い? 冷やしたほうがいいかな……」

ご主人に頭をなでてもらったら急にポロポロと涙が出てきてしまった……

「わぁぅ……すん……ぐす、
 ちがっ……あぅぅ……ぐすっ……違う……ぉ……」

いつまでたってもなれないから情けなくて、ご主人に心配かけて、
でもなでてもらって嬉しくて……ホッとして……。

「……っ、すん……ぐす……ぅぅ……うー」

「ほら紫苑、立てるかい? ソファの方で少し冷やそうか」

「ぐす……くぅん…………ご主人……ご主人……」

そうじゃなくって……。

「…………?」

頭の中がグルグルして、ご主人しか言えない私を少し見ていると、
ご主人はしゃがんでいる姿勢から、床に腰をおろしてくれると……

「おいで、紫苑」

その言葉をと同時に、私はペタンと座った体勢から
四つん這いになったあと、思いっきりご主人の方にダイブした。

「うわぁぁぁん!
 ごーしゅーじーん! ごしゅじん……ごしゅじん……わぅ」

ご主人の膝の上に乗り、頭をご主人の胸のあたりにグイグイと擦り付ける。

「くぅん……んっ、んっ……ふぁ……わふぅ、えへへ」

さっきまで気持ちがグルグルしていたのに、
もうご主人のお膝の上に乗れて嬉しいコトしか考えられない。
わふぅ、ご主人大好き。

「ほら紫苑、それじゃあおでこが見れないよ? 顔をあげて?」

「んっ……えへへ、もう大丈夫……みたい?」

「さっき見た時はコブになりそうなくらいだったのに」

「ご主人にスリスリしてたら……なおった?」

本当にもうズキズキもしていない。

「ほら、もう一度見せて? 紫苑」

「ん……」

ご主人の胸に押し付けていた顔を上にあげて、ご主人をみる。
また前髪を持ち上げておでこの様子をみてくれる。

「まだ少し赤いなぁ……」

「そうですか?」

「でもまあ、紫苑のしっぽも元気になったし大丈夫かな。
 一度聞くけど、痛くないかい?」

「うん! でもでも、お膝からはまだ降りたくない」

「いいよ、しばらくこうしていようか」」

優しく笑いながら頭をなでてくれるご主人。
今度はおでこだけじゃなくて、体全体をすりつけるようにもたれかかる。
そうすると背中に優しく腕をまわしてご主人が抱えこんでくれる。
えへへ……私はこの体勢、大好き。

「ごめんね、ご主人。 またドアにぶつかっちゃった」

「それは紫苑が謝ることじゃないだろ?」

「このままだとドアに穴があいちゃうよ……」

「開き戸でも引戸でもぶつかるしなぁ」

「わふぅ……」

「紫苑はもう通り抜けたり、飛んだりは出来ないんだからね?」

「……ん、はぁい……」

……ちょっとだけ中途半端な返事だったのが気づかれてしまったみたいで、
ご主人が心配そうに私をみている。

「あのね、ぶつかると……ぶつかると痛いんだけどね、
 私まだドアとか壁にぶつかる事が出来るんだ……って
 少し安心しちゃうの」

「……」

「もしぶつからないですり抜けちゃったらって……へへ」

「……」

「……ご主人?」

変なコト言ったから、呆れちゃったのかな……
不安になってご主人のコトを見ていると、

「夜中に目が覚めてね……
 隣に紫苑が寝ていると安心するんだけど、不安にもなるんだよ」

「ご主人?」

「紫苑が見えなくなっちゃったらって」

「……っ」

「触れなくなっちゃったらって思って、恐る恐る頭をなでるんだよ」

「……そんな……」

「それで少しだけ安心するんだけど……」

背中をなでながら、寂しそうに話をするご主人をみてたまらなくなる。

「やぁ……やだぁ……やだよぉ……
 そんなコトにならないもぅん、ならないもんー
 ご主人がそんなことゆうのやだぁ……わぁう……」

「紫苑?」

「私はずっとご主人のそばにいるもんー
 離れないし、いなくならないもんー!うーうー……うぅ……
 そなことゆうのやぁ……」

「そうだね、ごめん紫苑。
 もう言わないし確かめないし心配しない」

「くぅ……うん……」

「だからさ……」

「?」

「だから紫苑もぶつかって安心するのはやめよう?
 約束だよ、ドアよりも何よりも紫苑の事が心配なんだからね。
 紫苑は安心しても、その度に心配になるのは、やだなぁ」

少し照れ笑いしながら私の真似をする。
ご主人のコト心配させちゃってるんだ……私。
それなら……。

「……そんなふうにゆわないもんー」

「そう?」

背中をなでていた手を止めて、ギュッと抱きしめてくれた。
私も同じように抱きつく。

「えへへ……ご主人……ありがと。
 それで……ごめんね。
 私も気をつける。
 沢山気をつけるね。
 もう私は……ご主人の、娘いぬで……
 みみのさきからしっぽの毛並みまで全部ご主人のもので……
 もう、お嬢様おばけじゃないもん」

「ありがとう、紫苑」

「えへへ、ご主人大好き」

私もぎゅ~~っとご主人を抱きしめる。
体全体をご主人にあずけて、ぎゅ~~っと。
しっぽも勝手にぶんぶんしちゃうもん。

「それじゃ、ほら、そろそろ移動しようか」

「やだぁ」

「おしりが痛くなっちゃうよ」

「えぇーー、わふぅ……うーうー
 ぁ、ねえねえご主人ご主人」

「ん?」

「抱っこしてーお姫様抱っこ!
 あ、元お嬢様おばけだからお嬢様抱っこ?
 抱っこされていどうしたい!」

「なにそれ……」

「ほらほら、私もう飛べない……し?」

「ずっと紫苑が乗っかっていて、ちょっと足が痺れているんだけどなぁ。
 ワガママ元お嬢様だなぁ」

「あーあー、ご主人ひどいぃぃ! 重いってゆってる」

ポコポコとご主人を叩く。
わふぅ、こんなふうにご主人に甘えるの大好き。

「それじゃ、はいっと」

簡単に持ち上げられながら、

「わふっ!」

ご主人がお嬢様抱っこしながら立ち上がる。

「わぁう、ご主人すごいー、でもでもーー高いのこわいーー♪」

ご主人の首に腕をまわして、ぎゅっと抱きつく。

「いままではもっと高く飛んでたのに?」

「もう飛べないから落ちちゃうの怖いもん。
 だからご主人、ずっとずっと離さないでね?」

【おしまい】

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