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日本 vs フィジー 雑感 W杯に向けて

ラグビー日本代表はW杯に向けて最終強化段階の階真っ只中にある。ジェイミージョセフHCのラストイヤー、なんとしてもベスト8、ベスト4を狙っていく大会が目前に迫っている。

2023年8月5日、PNS(パシフィックネーションズシリーズ)最終戦かつW杯前国内最終戦として、日本代表とフィジー代表の試合が行われた。
ゴールデンタイムの19時から、日テレ地上波で生放送というこれ以上ない機会だったが、12-35で悔しい敗戦となった。観てくれた方もそうでない方も、これに懲りず、W杯も観てくださいお願いします。

現地観戦の私は好きなフィジー国歌も歌った。君が代が悪い歌とは思わないが、ラグビーの試合前はフィジー国歌ぐらいテンションが高い方がいいのではないかと思う。フィジーのウォークライ、「シンビ」も気合が入っており、厳しい試合を予感させた。

果たして試合は前半0-21で折り返し、最終的に12-35での完敗となった。さらにフィジーにはTMOによる3度のトライキャンセルがあったため、点数以上にディフェンスを破られたといえる。もちろん、TMO判定は的確だったと思うが、日本の1つ目のトライも厳密に言えばオブストラクション気味だったし、ややホームに甘くしてくれた感も否めない、という邪推もある。

さて、フィジー代表はFlying Fijiansという愛称を持つ、飛ぶようにアクロバティックなラグビーをすることが持ち味のチームだ。体格や運動能力は素晴らしく、タレントぞろいだ。以前は、規律や一貫性の面で問題があり、なかなか強豪国には勝てないことが多かった。しかし近年強化が進んでおり、今後世界のラグビーにおいて更なる強豪となっていく可能性を秘めている。

その理由の一つは、スーパーラグビーへの参加だ。フィジーは「フィジアンドゥルア」というチームで、南半球最高峰のクラブリーグ、スーパーラグビーへ参戦して2年になる。多くの選手が世界レベルの大会を、団結して戦った経験を持つというのは、フィジーに対して大きな追い風となっている。ヨーロッパでプレーする選手だけでは、まとまりに欠けるところがあったが、そのディスアドバンテージが解消されたのだ。

一方、日本のスーパーラグビー参加チームだった「サンウルブズ」は前回W杯前の強化に貢献していたが、諸事情によりスーパーラグビーから撤退。その後の強化に暗い影を落としているように思われる。

このようにフィジーの強化と日本の強化の停滞が、この試合の背景にある。日本は身体能力で劣る分を、チーム力や戦術理解度の高さで補完してきたが、フィジーのような国がそこを身に着けてくると、なかなかうまくいかない部分が出てくる。

ともかく、フィジーは2019W杯前、日本が快勝したときよりも格段に強かった。今回W杯でもベスト8進出の可能性は大いにあり、注目だ。

さて試合開始直後、いい形で攻めていたところからカウンターを食らって失トライした後、現地観戦の空気感が一気に悪化したのは、間違いなく前半7分のレッドカードだろう。けがから復帰の前回大会キャプテン、ラピース・ラブスカフニが危険なタックルで一発退場となってしまった。サモア戦でのリーチ・マイケルと同様タックル姿勢が高く、head to headのコンタクトをしてしまったのだ。

昨年、統括団体ワールドラグビーは、頭部へのコンタクトを重く判定するように基準を設けた。これは、ラグビーが危険なスポーツと認識されることの悪影響を防ぐためだ。選手の安全を第一に考えることとし、以前よりこのようなレッドカードのケースが増えた。mitigation(軽減要因)として、相手の姿勢が急に低くなったり、進む方向が変わったり、受け身だったりと不可抗力性が特に高い場合や危険度がかなり低い場合はイエローカードの場合もあるが、基本的に一発退場と考えてよい。

もちろんこれにはゲーム性を損ねる(試合が壊れる)ことが多いことから批判もある。一案では、レッドカードを20分の退場とするというものがあり、スーパーラグビーではこのルールが施行されたが、国際試合では認められていない。

いずれにせよ、現行ルールはそこを厳しく判定することになっている。であれば、タックラーは一層気を付けてプレーする必要がある。あの姿勢のタックルはご法度なのだ。これは、1つは日ごろの意識付け、もう1つはタックルスキルの問題だ。以前はそこまで厳しく判定されなかったこともあって、高い姿勢の癖が抜けていない可能性がある。意識を徹底するとともに、タックル姿勢等のスキルをもう一度練習する必要があると思う。W杯本番では決して退場者を出してはならない。今のうちに手痛い経験ができてよかったと考えるしかない。

さて、前半のあれほど早いタイミングで選手を一人、しかもオープンサイドフランカー(7番)を失うというのはかなり手痛い。特にスクラムディフェンスでトラブルが発生しやすい。スクラムは基本的にFW8人で組むが、一人欠けた場合には2つ選択肢がある。7人で組むか、BKを1人スクラムに参加させて8人で組むかだ。7人で組むとスクラムが押し込まれやすい(もちろん8人でも一人が本職でないのでスクラムが強いチームが相手だと厳しい)し、8人で組むとどうしてもBKの外側にスペースができ、ディフェンスが難しい。また、オープンサイドフランカーは、スクラム解消後一番早くディフェンスに向かわなければならない重要ポジションでもあり、穴は大きい。

日本は基本的にアタック時のスクラムでは7人で組み、特に後半はクイックでいいボールを供給できていたのは良かった点だ。一方、前半は特にディフェンス時のスクラムが崩壊していて、ペナルティ連続のイエローカードの危険性もあった。ここの改善は難しいところだが、絶対的に必要だ。後半改善も見られたので期待したい。

なお、スクラムは経験者でもなかなか判断が難しい特殊な世界ともいわれるほど奥深いものだが、フィジー戦においては1番の稲垣サイドがやられているように思われる。相手の3番が稲垣(1番)と坂手(2番)の間を割ってくるようにスライドしてきて、完全にやられているように見える。最近はどうしても稲垣のところでスクラムをコントロールされやすいので、そこの改善ができるかどうかは重要だ。W杯同組のイングランド、アルゼンチン、サモアはいずれも強力なFWがいる。本試合では後半はフロントローを3枚替えして対応した。特に3番に具が入った時のスクラムの安定感はいつも通りで頼りになる。怪我がちだが、絶対に必要なプレーヤーなので確実に万全の状態でW杯を迎えてほしい。

また怪我という意味では心配なのがロックのファカタバだ。期待の若手、ディアンズの負傷もあってチャンスを得、ここ数試合で素晴らしい勤勉性と突破力を見せていたが、前半途中で足を引きずりながら負傷交代した。仮にディアンズとファカタバの両方が厳しくなると、ロックの台所事情は火の車だ。ムーアも前回大会ほど良い状態には見えないだけに、なんとか間に合ってほしい。ただ、代わりにロックに入った下川が良い仕事をしていたのは救いといえる。下川はロックもフランカーもカバーできる選手なので欠かせないだろう。

話は脱線したが、14人となってのプレーでかなりスクラムでサモアにプレッシャーをかけられペナルティをとられた。身体の大きなチーム相手にゴール前でディフェンスを耐えるのはかなり難しい。ペナルティ→タッチキックで相手ボール自陣ゴール前という流れで押されると苦しい戦いになる。だからこそ本番では退場者を出してはならないし、なんとしてもスクラムで互角の勝負をする必要があるのだ。

さて、14人での戦いで特にディフェンスが厳しい状況に追い込まれ、また相手のアタックは身体能力を生かした素晴らしいものだったことは間違いない。続いての問題は、アタックだ。特に前半は零封された。もちろん一人少ない影響はあるが、アタックでは比較的影響は小さい。ではなぜ点が取れなかったのだろうか。

一つポジティブに捉えるなら環境要因だ。ナイターとはいえ、30度近い気温で湿度が高い環境ではどうしてもノックオン等のハンドリングエラーが起こりがちだ。もちろん相手も条件は同じだが、日本のラグビースタイルはかなり多くパスをして相手を揺さぶる繊細な継続が必要なアタックだ。これを高温多湿の環境下で行うのは非常に難しい。W杯が行われる9月10月のフランスはこのような環境ではないため、ハンドリングエラーについては間違いなく減らせる。ノックオンは相手ボールのスクラム再開なので、特にこの試合は日本代表に重くのしかかったことを考えれば、本番ではよりよい戦いができる可能性がある。

他の要因としては、球出し周りの連携やキックの使い方だ。特に今回はスクラムハーフの齋藤のできがあまり良くなかったと思う。日本の持ち味は相手に的を絞らせないアタックだが、早い球出しにこだわった結果、逆にボールを誰が持つかバレバレになってしまったシーンが散見された。後半からベテランの流が出て、ゲームコントロールが改善された。日本国内ではスクラムハーフはボールを素早くさばくことのみを重視しがちな部分があるが、世界基準のスクラムハーフは老獪さを兼ね備え、ゲームをコントロールするようなキックも効果的に使える必要がある。奮起に期待したい。

また、キックについては相手にボールを渡すことになるので、縦横無尽に個人技で突破してくる相手に対しては特に慎重にする必要がある。前半はかなり蹴っていたが、後半自陣でも我慢して継続するようになってから、アタックが良くなった。前半は風上だったこともあっての判断だと思うが、私には少し疑問だった。

タクトをふるスタンドオフの松田の調子もあまりよいものではないように見えた。後半に李が入ってからの方が躍動感が出てきた。ただし、李もあまり自分からの仕掛けが見られず、相手にとってあまり脅威になっていない。司令塔たるスタンドオフのセレクションはやや辛いところがあるかもしれない。

一方ここ数試合でアピール充分、急成長中の長田は出色のできだ。ワークレートが高く鋭いステップで突破できる、欠かせない存在になりつつある。また、途中から入ったベテランの中村もアタックの位置取りなど、よい動きをしていた。ライリーは少し疲れが見えることもあり、この2人でセンターコンビを組んだり、長田をウイングで使ったりするのも面白いかもしれない。

また、アタックはやはり最後まで仕留めきれないと点にならない。今回もよいアタックを継続していてもとりきれないシーンや、逆に相手のカウンターを食らってしまうシーンがあった。フィジーのようなカウンターが強いチームと試合をするときは特にそうで、環境要因もあるだろうが、ミスをしてしまうと厳しい。今回の日本のトライは、ナイカブラ、マシレワの個人技によるところが大きく、トンガ戦のように崩しきってとったトライはなかった。もちろんW杯前で、手の内が見せられないところがあるのは理解しているが、整ったディフェンスに対して、最後の遂行局面の精度を高めることは必須だろう。

最後にW杯展望を少しだけ。初戦のチリ戦は格下といえ、勝たなければベスト8以上は限りなく遠のくマストウィンゲームだ。次のイングランド戦は山場で、イングランドは言わずと知れた強豪だが、HC交代もあって最強とは言えない。次のサモア戦まで11日あることも踏まえ、全力で勝ちにいくしかない。サモア戦はチリ戦よりもかなり厳しい相手だが、イングランド、アルゼンチンほどではない。ベスト8以上のためには、これもマストウィンゲームだ。特に今年は負けているのでしっかりとリベンジしたい。最後のアルゼンチン戦は、特にイングランドに負けている場合、勝たなければベスト8以上は厳しい。しかし、昨年はNZに勝ち、今年は南アフリカと接戦をしており、マイカルチェイカHCのもと非常に良い仕上がりに見える。なかなか勝つのは難しいだろう。

まとめると、チリ、サモアに勝ち、強豪のイングランド、アルゼンチンのどちらかに勝たなければ道は開かない。アルゼンチンの方が与しやすいという予想も聞かれるが、私はおそらくイングランド戦の方が勝機はあると思う。重たいFWにいかに対するか、日本の真価が問われることになる。

長々と書いてきたが、泣いても笑っても準備期間はあと一ヶ月しかない。開幕前に残された試合はイタリア戦のみだ。イタリアはストレートに言えば、イングランドやアルゼンチンの下位互換的チームだ。是非、良い準備をして、けが人を出さず、勝って、本番に臨むことを期待したい。


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