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sparrow tearsの読書

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角野栄子の伝説のデビュー作『ルイジンニョ少年』で胸が震えた

『魔女の宅急便』や『アッチ・コッチ・ソッチの小さなおばけシリーズ』など、数々の名作を世に送り出してきた童話作家の角野栄子(かどのえいこ)さん。 54年前に「かどのえいこ」の名前で書かれた幻のデビュー作が復刊されているのをご存じだろうか。 ポプラ社の『ルイジンニョ少年 ブラジルをたずねて』という作品だ。 同著には、20代のころにブラジルに2年間暮らしたことがある角野さんの体験が散りばめられている。 ブラジルの空気感がプロジェクションマッピングのように脳裏に投影され

TBSラジオで号泣していたアナウンサーに阿久悠の「茶色の小びん」を読んで欲しい

週末の昼、台所でTBSラジオを試聴していたら、甲子園で優勝した高校OBの局アナウンサーが泣きながら語る声が耳に入ってきた。 野球部出身の彼は、母校の甲子園優勝についてこれまでの人生で一番感動したと語るが、一方で世間のごく少数の反応が許せなかったようで、感動と誇りと怒りがごちゃまぜになった激情をもてあましている様子。 誰もが心の中に琴線を持っている。しかし、誰かが琴線を粗雑に扱えば、怒りの感情も呼び覚ます。「琴線」と「逆鱗」は隣接しているのだろう。…などと、彼の心境を

日本人に刺さりまくる翻訳小説『トゥモロー・アンド・トゥモロー・アンド・トゥモロー』で喜怒哀楽が振り切れた【2023年ベスト小説】

今回ご紹介する小説『トゥモロー・アンド・トゥモロー・アンド・トゥモロー』の帯に書かれた日本語のキャッチコピーは「ゲーム制作に青春をかけた男女の友情の物語」。 はっきり言って、陳腐だと思った。が、読み終えたらそんな気持ちは霧消した。 だって、文化、エンタメ、友情、哲学、愛、性愛、成熟、マイノリティ、ビジネスのエッセンスを黄金比で調理したこの小説にベストなキャッチコピーなんてつけられない。 作家、ガブリエル・ゼヴィンのバランス感覚に恐れ入る。 私がこの本を手にとったき

『自分以外全員他人』を読みながら加藤諦三のポッドキャストを聴いたら、脳がオーバーヒートした【読書感想文】

太宰治賞を受賞した小説『自分以外全員他人』。 タイトルのままに解釈すると、自分と自分以外の人間に一線を引いて、家族さえも「他人」と断ずる物語のように思えるかもしれない。 しかし、読み進めていくと、その真逆であることが浮かび上がっていく。 主人公は真面目に、まっとうに、人に迷惑をかけずに生活している。 だが、人間関係にも将来にも希望を見出せず、仕事でも私生活でも「喜」「楽」といったポジティブな感情とは無縁の暮らしを送る。一方、人に迷惑をかけている人をみると「怒

ワン・イーボー(王一博)が日本の小説に初登場!?『パッキパキ北京』めちゃおもろい【読書感想文】

綿矢りさの小説『パッキパキ北京』(集英社)は、年度替わりのバッタバタの生活で疲弊した心に効いた。 「癒す」でも「ほっこり」でもない。「何か楽しいこと、したい!!」という前向きな読後感をもたらす。 主人公は、自分の欲望に正直。フレネミー(友人の顔をした敵)のマウントも、不測の事態にも動じない。 そんな主人公が、コロナ禍後期の中国に駐在中の夫に呼び寄せられる。 夫は、ハイキャリアな雰囲気で、文学の素養があり、中国文化に詳しい。だが、異文化にはなじめておらず、疲弊し

【読書感想文】コメンテーターってなんだ?と考えさせられる『孤闘 三浦瑠麗裁判1345日』

突然だが、この数か月間で私が見聞きしたことがらを脈絡なく並べてみる。 ※ 博士号を取得して数年後、理系の研究者となった熱意ある人と話していたら「この職に就けたのは運とタイミング。ポスドク時代は出口のないトンネルにいるみたいだった」と語っていた ※ 仕事現場の人が「この国では文系の研究をしながら稼ぐのは大変だ」と愚痴っていた。 ※ 文系の大学院出身の「研究者」の言論のトーンがある時点から攻撃的になった。以来、一部界隈から熱狂的ファンを得ている。

【読書感想文】韓国発『主婦である私がマルクスの「資本論」を読んだら』の最終章でクソ泣いた

少し前、日本の首相が「経済!経済!経済!」と連呼していた。 いわく「経済は一丁目一番地」だそうだ。 でも、ほとんどの国民はもう気づいている。 彼らのいう「経済」がひどく狭い意味であることを。 例えば、私の母が介護施設で利用者を楽しませるために自宅で寝る間を惜しんでレクリエーションのアイディアを練るプロセスは、彼らの考える経済に含まれていない。 家族を看病したり、吐しゃ物や排泄物を掃除したりして、感情をフル稼働する労力は経済にきっと含まれていない。 少子高齢化

【読書感想文】背筋凍る調査本『ぼっちな食卓』。「育児期の記憶の改ざん」が恐ろし過ぎた…

もっとラクしていいんだよ。 自由でいいんだよ。 こうあるべきなんてないし、嫌なことはやらなくていい。 個を尊重しようよ。個々が好きにすればいい。 そんな、耳当たりのいい優しい言葉があふれている。 だが、食卓の置かれた「家庭」という空間で、個々が自由に暮らす先に何があるのか? そもそも「勝手」と「自由」の違いは? 「あなたが望んだから、それを選んだ」は、本当にその人のためになるのか? その結末の一端は『ぼっちな食卓-限界家族と「個」の風景』(岩村暢子)の中に

【雑誌】『てれびくん』が「芸術」と「わいせつ」の違いについて哲学してきた

10年以上、不定期に小学館の『コロコロコミック』と『てれびくん』を手に取る環境に暮らしているが、しばしば連載漫画に度肝を抜かれてきた。 以前『コロコロコミック』では、明らかにトランプ元大統領(当時は現役)をモデルにしている「いるよ!大統領トラップくん」という漫画が連載されていた。 主人公は大統領顔でラップ上手な小学生。局部を丸出しにして連続逆上がりをしたり、丸出しのまま人の顔の上に着地したりする、非常に際どい内容であった。youtubeチャンネルでアニメも公開されてい

【イスラエル文学】短編集『首相が撃たれた日に』収録のSFで酷暑のヒヤリ体験

イスラエル人のウズィ・ヴァイル著の『首相が撃たれた日に』という短編集を読んでいる。 昨年の惨劇の記憶がまだ生々しく刻まれている日本人の胸の中にもザラっとした印象を残すタイトルではないだろうか。 イスラエル大使館のリリースによれば、表題作の初版は1991年。1995年にラビン元イスラエル首相が銃撃された後、この小説が「事件を予見していたのではないか」と話題になったという。30年以上の時を経て、ヘブライ語から日本語に訳された本が河出書房新社から出版された。 『首相が撃

【読書感想文】話題の著『南の国のカンヤダ』。「これ、よく出版したな…」と絶句した場面

図書館で調べものをしていたら、最近、注目を集めていた本のタイトルが目に入ってきたので、借りて読み終えた。 スタジオジブリ代表・プロデューサーの鈴木敏夫氏が執筆した2018年出版の『南の国のカンヤダ』という本である。 最近、彼にまつわる不穏な報道があったので、好奇心で手を伸ばしてしまった。 身銭を切っていないのにこんなことを書いて申し訳ないが、読み終えて強く感じたのが「こんなセルフ暴露系“ノンフィクション小説”の出版を、なぜ周囲は誰も止めなかったのか」である。

育児と時短・効率至上主義との相性が悪すぎる

「少子化は国家の危機」と言いっぱなしにする人がいる。「次元の異なる対策が必要」という人もいる。 テレビをつければ、政治家の先生方による、過去の言った・言わないを巡る異次元の議論が目に入ってくる。 「この愚か者めが」(注:子ども手当をめぐって自民党・丸川議員が過去に飛ばしたヤジ)なんて口汚い言葉は使わないが、「ミヒャエル・エンデの『モモ』読め。2時間で読めるから」くらいは、言いたくなる。 少子化は先進国の共通の現象だが、何が少子化を加速させているのか、SFの世界がボ

『勇者たちの中学受験』の胸のヒリヒリから感じたこと

首都圏の中学受験熱が過熱している。 「中学受験は親次第」なんて言葉も聞かれるほど、家族の協力が必要不可欠な領域である。 そんな中、Amazonの教師向け書籍のカテゴリでベストセラーになっているのが『勇者たちの中学受験 わが子が本気になったとき、私の目が覚めたとき 』(おおたとしまさ著/大和書房)という本だ。 家族問題や教育に造詣が深い著者は、近年は中学受験の緻密な取材を重ね、さまざまな媒体に寄稿している。『勇者たちの中学受験』はいつものおおた氏の文章とはちょっと異

【読書感想文】『妻が怖くて仕方ない』はノンフィクションと思いきや、サスペンス小説だった

推理作家アガサ・クリスティの『春にして君を離れ』は、大きな事件が起こらないのに、恐ろしい物語である。 主人公の女性が一人語りでひたすら自らの夫婦関係・親子関係を振り返っているのだが、途中、妻が事実をひとりよがりに解釈した「自分の物語」を語っていることに気付かされる。読者は断片的な情報からぞっとする夫婦関係の想像をかきたてられるのみ。 最近、『妻が怖くて仕方ない』(ポプラ社)という本を読んで、類似の読後感を味わった。 なぜなら、妻からの視点が丸ごと抜け落ちたルポだ