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小説「ヘブンズトリップ」_18話

 わずか数秒。

めざし帽をかぶって顔を隠した男性が何かを振りおろす瞬間に俺らは遭遇した。
 瞬間的に振りおろされた木の棒のようなものが自分の眼球に向かってくるのを見逃さなかった。
 おどろいている暇などなかった。
 「また、あの時みたいになるわけにはいかない」と感情が先に危険を脳に伝えて、動かした。
 顔面に直撃すると認識した隙に俺は顔をそらした。木の棒のささくれ立った部分がすさまじい勢いで右のこめかみを切り裂いた。
 血が噴き出て、狂いそうな痛みが額を襲ったが、俺は、ちゃんと意識を保っていた。
 あの時みたいに気絶したりするわけにはいかない。その言葉が何度も繰り返されたことで、自分が気絶したことで何か大事なものを失ったという感情に肯定的になった。
 今は何もかも、あの時とはちがう。

 俺が自分の感情に決着をつけている間に史彦はその男に飛びかかった。共倒れしたまま転がり、切り株にぶつかった。その先は道が整っていない危険な場所だ。
 俺が痛みによろめいていると、史彦はすぐにスタートを切った。
 「走れ!」
 体を揺らして声をあげた。俺への合図だ。
 体重をかけた足は湿った枝や草が邪魔をする。それらを蹴り飛ばす勢いで駆け抜けた。
 ガタンッとした後方からの音はさらに不安をかきたてる。振り返った俺たちが見たのはさっきまでボロ小屋の中にいて、奇妙な言葉を唱えたいたふたりだった。
 ひとりはウインドブレーカーのフードを被って顔がよく見えないが、がっちりとした体格で身長は俺らと同じくらいだ。手に角材を持っている。あれで殴られたらひとたまりもないだろう。
 その後ろをもうひとり、黒いキャップを深くかぶって、辛そうに走っているのは老人のように見える。キャップの脇からはみ出た白髪が見える。
 
 俺たちのほうが早く、走りだしたのはよかったが、登ってきた道から外れてしまった。
 立ち止まった場所は道が途絶えていて、高さがある崖のようになっていて、覗きこんだ先には乱立した林が存在していた。
 「おい」「
 息を切らした史彦が呼びかけた。
 「飛び降りるしかない」
 史彦は冷静に言った。
 「正気かよ。この高さだと失敗したら・・・」
 それ以上は言葉にできなきないが、こんなところで止まっている暇もなかった。
 「先に行くぜ。必ず来いよ。ここで離れて、捕まったりしたら大変なことになる」
 史彦は服が木に引っかからないようにシャツの裾をズボンに入れて、準備を整えた。
 コイツ、本気で飛ぶ気だ・・・・。
 大変なことっていうのは、俺たちがここで殺されて、死体をシートに包まれて山の中に 捨てられることだ。肉体を虫や獣についばまれて、腐敗た状態で発見されるのだろう。いや下手したら一生誰にも発見されないまま、ミイラになってしまうかもしれない。

 あいつらにズタズタにされて、生き埋めにされるくらいなら。
 「よし、飛ぼう」
 こめかみから流れる血液を手で拭い、俺は腹をくくった。
 あとはもう運命に身を任せることにする。

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