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【不良品、注意】イン・ザ・ホテル【※高校生のときに途中で執筆をやめたパニック小説】

 ※この作品は完結せず、途中で終わります。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
〇偽善者の代表@moonlightworld 2017年9月7日
 本当の死体蹴り、初見。

#新東京ホテル爆破解体テロ事件  
 ↓234          ↕34          ♡ 456
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〇浜田祐樹@hamadayahoo 2017年9月7日
 犯人を前にしたら、怒りが抑えられなくて手を出してしまうかもしれない。被害者やその家族の気になれば、いっそう……。
 被害者たちが、天国では幸せにしていることを祈る。

#新東京ホテル爆破解体テロ事件 #冥福を祈る
 ↓19880        ↕49805       ♡ 456785 
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〇名無しの王様@nanasidehanai 2017年9月7日
 常軌を逸してる。誰も想像してなかったけど、想像したくなかっただけかもしれない。実際、世界では、こんなことが日常のように起こってるんだよな。もう、平和ボケもしていられなくなった。

#新東京ホテル爆破解体テロ事件 #冥福を祈る
 ↓543          ↕678         ♡ 1209
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〇底なし滑り台がごとく@hahaha_ahahah 2017年9月7日
 犯人は、身勝手極まりない。死刑で首吊っても足り得ない償い。

#新東京ホテル爆破解体テロ事件  
 ↓45           ↕34          ♡ 56
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〇ヨッピー@yoppist_1990 2017年9月七日
 テレビで見ているとき、涙がこぼれてきた。テロリストが、怖かったわけじゃねえ。だって……死んだんだ、ヤマトは。決死の姿だった。ヤマトの姿は忘れねえ。国民栄誉賞の細則とか知らないけど、どうあれ、彼には与えて。マジで。

#新東京ホテル爆破解体テロ事件 #冥福祈る #国民栄誉賞運動
 ↓123          ↕354         ♡ 897
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〇黄身の縄@zenzenzensekara 2017年9月7日
 ヤマト、わたしの生きがいだったよ。毎日動画投稿ありがとう。最後まで、一日も休まなかったね。簡単にできることじゃないと思うよ。ヤマトは、わたしの中で世界一のユーチューバーだからね。これからも一生、世界一だからね。

#新東京ホテル爆破解体テロ事件 #ヤマト追悼
 ↓123          ↕34         ♡ 345
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〇タケシ@kinokonohaetatake 2017年9月7日
 もう嫌だ……。ヤマトのいない世界なんて、世界じゃねえ。

#新東京ホテル爆破解体テロ事件 #ヤマト追悼
 ↓4            ↕0          ♡ 7
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〇吉田@yosidasanndaze 2017年9月7日
 ここにいる。それだけで幸せだ。ちょっとしたことで嘆いたりしていた自分が嫌になる。他人の方が悶えてるって思う自慰の効用は一過性だけど、それとは違う。心の底から、今を大切にしようと思えてるよ。亡くなった方々には、その分の感謝をしたい。恐怖の中の雄姿をありがとう。

#新東京ホテル爆破解体テロ事件 #国民栄誉賞運動
 ↓234          ↕345        ♡ 567
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〇ユッキー@yukidarumatukurou 2017年9月7日
 なんかめっちゃ盛り上がってるって思ったら、爆破事件なのね。部活疲れてぶっ倒れてたから気づかなかった。でも、わたしのメンタルじゃ耐えられないから、リアルタイムで見てなくてよかったかも。怖いもの見たさはあるんだけど……。

#新東京ホテル爆破解体テロ事件 #冥福を祈る
 ↓12           ↕0          ♡ 34
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〇嘆いた石崎君@nageitaisizakikunn 2017年9月7日
 ヤマトは偉大だった。もちろん、遼子だって偉大さ。二人の活躍には目を疑うほど驚かされたね。心も動かされた。このご時世、困ったときは団結だ。小学校で死ぬほど聞かされたようなこんな当たり前のことを、強く実感させられた。

#新東京ホテル爆破解体テロ事件 #冥福を祈る
 ↓34           ↕45         ♡ 57
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〇田中茂@atatatatata 2017年9月7日
 ビビったわ。クイズ番組に秀才で可愛い子いるなって気になってたんだけど、その子がテロに遭遇するなんて。遼子って子だよな。芸能人がテロに遭うとか、確率ゼロじゃないけど、なんかしっくり来ない。

#新東京ホテル爆破解体テロ事件 #冥福を祈る
 ↓3            ↕4          ♡ 6
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〇無毛カツラ@tanakadesita 2017年9月7日
 遼子、大丈夫なんだろうか。なんせ、ホテルそのものが柱を失ったようにか弱く倒れてしまったんだから。無事であることを願うしかない。あんな活躍を見せたんだし、彼女には生きていてほしいな。
 
#新東京ホテル爆破解体テロ事件 #冥福を祈る
 ↓0            ↕0          ♡ 6
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〇梨沙@rissanhair 2017年9月7日
 マシンガン持ったテロリストが迫ってくるっていう極限状態で、あの対応力は半端ない。遼子とヤマトには、頭が下がります。加え、文芸冬夏の彼。不倫記事で読者を稼ぐのは気に食わないけど、彼も、お世辞なく尊敬です。ジャーナリスト魂、見させてもらいました。神様、彼らに平安を。
  
#新東京ホテル爆破解体テロ事件 #冥福を祈る #国民栄誉賞運動
 ↓3            ↕3          ♡ 5
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〇朝山昭二@asayama_shouji 2017年9月7日
 事件時、新東京ホテルにいた者です。文芸冬夏の記者さんである佐々木さんがいなかったら、わたしは死んでいたことでしょう。竹崎遼子さんの逸早い対応や、ユーチューバーヤマトさんの決死行、管理会社の協力、その他皆さんの慈悲によって救われました。ここに、感謝しきれない感謝を述べさせていただきます。
  
#新東京ホテル爆破解体テロ事件 #冥福を祈る #国民栄誉賞運動
 ↓29801        ↕69877     ♡ 982344
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〇浅間山幸次郎@hedorobakudann 2017年9月7日
 どうも、辛口コメンテーターやってます。今回の爆破解体テロ事件で思ったのは、斬新なテロだなっていうのと、ヤバイなインターネットっていうのです。とくに後者。インターネット上の群衆は、しばしば警察力を凌駕してしまうのかもしれませんね。

#新東京ホテル爆破解体テロ事件 #冥福を祈る #ネットの脅威
 ↓578          ↕678        ♡ 3678
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〇恥ずかしくて「どうも」に終始@iruiruaruaru 2017年9月7日
 アカウント削除されてるっぽいから、竹崎遼子の最後の投稿のスクショ載せとくわ。

   〇情報提供用アカウント@ryoukodearu_43 2017年9月6日
    みなさん、最上階のプールに集まってください。信じてほしい。わたしは、本気 
   です。みなさんと一緒に生き残りたい。ホテル最上階のプールで、犯人と決着をつ
   けます。

 これ見るだけで、号泣だわ。

#新東京ホテル爆破解体テロ事件 #冥福を祈る    
 ↓23567        ↕45789      ♡ 123221
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〇瀬理奈@majimannji 2017年9月7日
 事件発生後につくられた『情報提供用アカウント』っていうのは、削除されたらしいやん。でも、竹崎遼子のアカウントはそのままやね。
 最後の投稿によると、遼子、なんか不吉な予感を感じてたみたい。それが現実となるとは、想像してなかっただろうけど。また、元気な姿を見れたらいいな。

#新東京ホテル爆破解体テロ事件 #冥福を祈る  
 ↓2            ↕0          ♡ 3
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〇竹崎遼子@youngkinng 2017年9月6日
 ヤバイ、ヤバイ。ここには、怪物がいる。
 ↓54           ↕789        ♡ 26780
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 怪物が、来る。
 逃げろ、逃げるんだ。空回りする足を動かし、誰かにすがるように手を伸ばした。頭の中では、追いつかれたら終わりという残酷な言葉だけが反芻している。一心不乱とは、まさにこのことだ。とにもかくにも、怪物から距離を取るしかない。
 枯れ葉と養分を蓄えた砂に覆われるようにして小石が散在していて、足場は非情に不安定だった。つま先を拳大の石に引っ掛けて転びそうになった。ぐっと踏ん張る。踏ん張った反動で体を前に倒すと、顎が枯れ葉をこすりそうになった。上体を起こして、態勢を戻す。
 逃げろ、逃げるんだ。何度も繰り返していた心の声を、呪文のようにつぶやいていた。前方には、黒い闇に挟まれた道がある。後方からは、木々が擦れる音と地面を揺らす重い足音が聞こえてくる。振り返ると、道幅に収まらない巨体が、左右の木々をまき散らしながら、太く筋肉質の腕を伸ばしていた。
 背筋がぞくりとした。あの巨大な手に握られれば、こちらの身は血を噴き出して潰れてしまうだろう。超現実的な握力を有していることは確実だった。
 木々に挟まれた小道には、月が怪しい光を落としている。その光で垣間見た怪物の姿は、この世のものとは思えなかった。顎骨が通常の三倍ほど大きく、横長の目の中には極度に小さい黒目があった。相観による分類では、あいつを人間と呼ぶのは甚だ難しい。
 いや、肩幅が小道に収まっていない時点で、怪物と呼ぶには、十分過ぎるほどだった。たとえ世界レベルのボディビルダーでも、一人で通るには支障のない道幅だ。両方の肩が終始木々に突進しているのは、明らかに尋常ではない。というか、木々を当たり前のように折り、倒していく怪力がある時点で、脆弱な人間には遠く及ばなかった。
 ゴリラだ。野生のゴリラだ。声が、頭の中で轟く。色褪せたジーパンと青いジャンバーを着ていたので人間だろうが、もはや、人間として捉えるべきではなかった。ゴリラと呼んで不都合があるなら、やはり怪物だ。
 再度、振り返った。怪物の伸ばした右腕は、こころなしか、先ほどより近づいていた。速い。怪物には木々という障害物があるが、基礎体力や筋力で圧倒的な差があるので、追いつかれるのは時間の問題だった。
 どうすればいい。どうすれば生き残れるんだ。考え込むと、途端、どっと不甲斐ない記憶が蘇ってきた。間抜けな自分の幼少期の姿が浮かぶ。自分は、勉強ができた。授業を脳内にインプットするのはおちゃのこさいさいだし、テストでは百点を取らない方が難しかった。周囲からは神童と呼ばれた。調子に乗って、周囲を蔑んでさえいた。
 だが、小学六年のときに気づいてしまった。
「なあ、お前って学級会議のとき、手、挙げないよな」
 クラスの中心的人物だった男子に、初めて声をかけられた。
「なにも考えがないなんて、あり得ないだろ。いつも、テストで百点取る脳があんだからさ。出し惜しみせず発言してくれよ」
「そんな……。わたし、一生懸命考えてたし」
 学級会議では、妙案が思つくことはなかった。頑張っても、先生が表向き言い続けているような綺麗事しか浮かんでこない。実用的な案は、本当になかったのだ。
「クラスのこと、嫌ってるのか?」
 男子は、横目でこちらを見た。
「いや……、協力してるって、わたし。みんなのこと、嫌いじゃないし」
「だったら、なんで手、挙げないんだ? 俺らのこと、心の中で蔑んでるだろ?」
「それは……」 
 それは、事実だったので仕方がない。顔にも出てしまったのだろう。
「最低だな。もう、いいわ」
 男子は、横目を前に向けて、そのまま去っていった。その子と会話したのは、それが最後だった。二度と目を合わせてくれなかった。
 それ以来、自分を神童だとは思えなくなった。暗記事項を書き写すだけの、なんの問題も起きていないテストで高得点を出したところで、優秀な人間にはなれない。重要なのは、実践での知識の運用や解決策の提案、実行などだった。神童とは、実践で活躍できる問題解決能力の高い人だった。
 しかし、多くの人は、勉強ができるだけで、一義的に問題解決能力も高いと見なしてくる。そこには明確な相関関係は存在しないというのに。
 周囲からは神童と呼ばれ続けたが、ずっと複雑だった。なにもできないのに。能動的に考える力もなければ、行動力もないのに。心の中でぼやきながら、誰にも口外できない劣等感を抱えていた。
 今。怪物に追われるという人生最大の問題にぶつかっている。この問題についても、世界には、上手に対処できる人が山のようにいるのだ。自分は、その山の下に埋もれてしまっているだろう。劣等、劣等、劣等……。嫌だ。絶対、嫌だ。なぜかは分からない。ただ、優秀でいたいと強く望んでいる。
 前を見ると、道が二つに分かれている。どちらかが正解で、どちらかが不正解であるような気がした。どっちに逃げればいいんだ。どっちが正解の道なんだ。
 目を凝らしてみる。左と右の道では、微妙に影の暗さが違った。左の方が暗く、右には僅かに光りが見える。それは単に月光による影響なのか、それとも、左の道は途切れていて右の道は続いているのか。もしくは、右の道の先にホタルがいて光があるだけで、湖に道を塞がれるという可能性もあるのではないか。
 レギュラーで出演しているクイズ番組では、明らかに正解に見える選択肢は、ひっかけだったりする。たぶん、同じシチュエーションになると、多くの人は右の道を選んでしまうだろう。もう、決めた。ここは裏をかいて、左に進む。
 分岐点に行くと、左右を確認する余裕もないまま、左の道に身を投げ入れた。途端、前のめりになっていた頭頂部を、なにかに打ちつけた。頬にちくちくした感覚を覚え、震撼した。絶望。道は、木々に塞がれている……。
 背後で、怪物の騒々しい足音が止んだ。怪物の鼻息が、生身の首筋にあたる。ゆっくりと振り返ると、そこには、乱杭歯と大きな喉仏があった。
 
「いや……、嫌だ!」
 声を上げて身体を曲げると、どすんと音がして、下からの衝撃が身体を貫いた。竹城遼子は、はっと目を開ける。ぼんやりした視界を見回した。見慣れないギリシャ絨毯。純白のカーテン。キングサイズのベッド。それらを、オレンジのテーブルライトが照らしている。安らぎの空間だった。
「どうしたの? スイートルームの素晴らしさにまた驚いてるの?」
 ベッドでは、お笑い芸人である山田拓馬が、バスローブを羽織ってスマホを片手にくつろいでいた。小学生のように幼稚な彼の口調に、平和ボケした気持ちになった。遼子は、ベッド脇のギリシャ絨毯に座り込んでいた。
「わたし、ベッドから落ちてるじゃない。もっと心配しなさいよ」
 遼子は、声を飛ばした。拓馬が自己中心的な性格であることは分かりきっていて、期待もしていないので、冗談に類する指摘に過ぎなかった。
「心配だったよ、引くくらい。どっちに行けばいい、どっちにするんだって、ずっと寝言を言っていたんだからさ」
 拓馬は、寝言の様子をモノマネバトル並みに模倣してみせた。寝言を真似されるのは、案外、恥ずかしかった。
「やめてちょうだい。そっちだって、はしたない寝言、よく言ってるじゃない。どんな変態な夢を見てるのかは想像がつく。わたしの方が、健全だわ」
「ちょっと、そんなこと言わないでよ。夢は、不可抗力なんだって」
「なにが不可抗力よ。普段の行いが寝言に出るだけよ」
「そっちこそ、なんだよ」
 遼子は、騒々しい拓馬の声を平然と無視すると、ベッドに手をついて起きあがった。身体が、平常時よりも軽い。見ると、ホテルのバスローブを羽織っていた。そういえば、バスルームで風呂は済ませていた。
 夕方、遼子は、都内のスタジオでクイズ番組の収録終えてから、拓馬と合流して、新東京ホテルにチェックインした。どっぷりと疲労が溜まっていたため、風呂で疲れを流して、ベッドにダイブしたのだった。その後、怪物に襲われる夢を見てしまったらしい。
「今は、どれくらい?」
「うーんとね」
 拓馬は、まん丸の目をスマホに向ける。
「まだ五時半だよ」
「五時半か。日の入りまで、三十分ってところね」
 遼子は、言いながら、ベッドの上でスマホを探した。無意識の動きだった。
 スマホは、ひょいと顔を出してやってきたような俄かな道具だが、もはや、日常生活に欠かせなかった。仕事のスケジュールや健康、精神などの管理もスマホに任せている。台本に未知の文字があると、スマホが教えてくれる。番組全体のグループSNSで、情報のやり取りがスムーズに行える。『ユーチューブ』では、気軽にストレス発散動画を視聴できる。手放すには、スマホの利便性が高過ぎた。
 スマホは、ふかふかの枕に隠れていた。ホームボタンを押すと、『17‥34』と時刻が表示された。背景画像は、大好きなアイドルグループである『虹色に光る雨』、通称ニジアメのメンバーと撮ったオフショット写真だ。『ニジアメの二時ですよ!』という深夜番組に、遼子がゲスト出演した際のものだった。
 ニジアメはオフショット写真厳禁のアイドルだが、このときは、非公開を条件に撮影を快諾してくれた。これは芸能人のメリットである。だが、もちろん、ニジアメと撮影したいがために芸能人になったわけではない。
 そもそも、遼子は、芸能人を一途に目指していたわけではなかった。敷かれた道を踏み外すことも、心を燃やして道を突き進むこともなく、いたって平均的に生きてきた。みんなと同じ生き様に、安心感を覚えていたためかもしれない。気づいたら早稲田大学を卒業するところだった。
 そのとき、初めて自分の人生を見つめて、問題解決能力の低さを考慮した生き方が現実的であると考え及んだ。たしかに、早稲田大学という肩書で通用する範囲は、数多の大学に比べたら広い。だが、肩書を唯一の武器にできるほど、社会は甘くなかった。案の定、就職したい会社の面接にはことごとく落ちたのだった。
 遼子は、長い間、自分を活かした生き方を模索していた。自分には、突出した記憶力がある。むしろ、それしかない。どうにか、記憶力を生かせる仕事はないだろうか。そう悩んでいた折、教授の紹介で、ニジアメの所属する『アメージング』という芸能事務所のマネージャーと会う機会があった。
「実は、就職先が、なかなか決まらないんです。……」
 遼子は、苦悩を打ち明けた。親身になって聞いてくれたマネージャーは、「うちで挑戦してみないか?」と提案してきた。芸能界なら、突出した一部の才能が物を言うかもしれない。そう思った遼子は、半ば直観的な判断で提案に乗ったのだった。
 そして、見事、クイズ番組で花開いた。ちょうど、クイズ系の番組が隆盛を極めていたこともあり、次々と、秀才ポジションとしてのオファーが舞いこんできた。現在は、およそ一年間、『そして、クイズは迷宮入りする』というクイズ番組にレギュラー出演している。
 ニジアメのメンバーに会えたときは、興奮して呂律が回らないほどだった。雑誌の企画で、ニジアメセンターの結奈と対談したときは、企画を忘れて喋りすぎてしまうほどだった。芸能人になっても、芸能人に会えたら嬉しいものだ。これは、やはり、芸能人のメリットと言える。
 遼子は、ニジアメのホーム画面をスライドさせ、『4832』とパスワードを打ちこんだ。アイコンの並んだ平常時の画面に切り替わる。画面下に固定されたSNSアプリ『スター』のアイコンをタッチする。早速、『スター』に公開メッセージを投稿することにした。
「ヤバイ、ヤバイ。ここには、怪物がいる、っと」
「いないよ。遼子の目、狂ったの?」 
 お笑い芸人らしく、拓馬が、素早いツッコミを入れた。拓馬は漫才ではボケ担当なので、珍しいツッコミだった。しかし、正しいツッコミとは言えない。
「違うわ。怪物っていうのは、夢じゃなくて、拓馬のことよ。わたしが悪夢で苦しんでるっていうのに、平気な顔で、わたしの寝顔を撮ってたんじゃない?」
「え、バレてたの」 
 拓馬は、弱った顔をした。
「当たり前じゃない。拓馬。前、自分から、遼子の寝顔コレクションを集めてるって言ってたでしょ。本当、やめてちょうだい。もし、それが週刊誌に漏れたら、わたしのイメージが崩れてしまうわ」
「まあまあ。落ち着いて。寝顔コレクションは、交際を続けるための交渉材料にもなり得てるわけだから」
 拓馬が、ずる賢そうな決め顔をする。
「ならば、より落ち着いてられないわ」
 遼子は、手を前に構えた。それから、拓馬のスマホを奪おうとするじゃれ合いをしばらく続けた。我ながら、バカップルだなと思う。
 拓馬との出会いは、『そして、クイズは迷宮入りする』での共演だった。芸人の新人枠で出演した拓馬は、いっさい爪痕を残さなかったが、遼子の心を奪っていった。純粋無垢な笑顔と、けっして鋭そうではないコメントの数々が魅力だった。
 拓馬も、秀才な遼子が見せる天然な一面を盗み見て、惹かれたようだった。収録終了後、SNSアプリ『スター』で相互フォローし、ダイレクトメッセージで距離を縮めた。とんとん拍子で交際に発展し、三度、ホテルで夜を共にしている。
「そういえば、景色見てないわね」
 遼子は、ベッドルームを出て、大理石のリビングルームに移動した。大型テレビの脇にある純白のカーテンを引く。窓の向こうには、夕日に照らされた東京の絶景が広がっていた。東京タワーと東京スカイツリーを一挙に映した豪勢なスクリーンだった。
 うっとりとして見つめていると、目の前で、奇妙な鳥が旋回した。
「カラ……ス?」
 それは、白い身体だったが、明らかにカラスの形だった。目は赤い。一般的なカラスより筋肉質で、サイズ感も大きかった。カラスの突然変異種だろうか。翼を見せびらかすように旋回すると、西に向かって翼を拡げた。
 遼子は、不吉な予感がした。白いカラスは稀に確認され、神々しい見た目から天使のような扱いを受けることもある。だが、白烏はあり得ないことの喩えである。普段はあり得ないことが起こるような、そんな気がした。

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〇竹崎遼子@youngkinng 3分前
 白いカラスを見た。なんか、嫌なことが起こりそう。
 ↓2            ↕23         ♡ 34
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