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あまりに愉しく愛おしい、宝石がきらめく季節

手元が華やぐ瞬間はいつも代え難い幸福を感じる。今月のネイルはバレンタインを意識して、チョコレートを模したデザインにしてもらった。

紗々、久しぶりに買った。

自分用のご褒美、日頃の御礼、ちょっとした意味や気持ちを込める贈り物。すべてを言い訳にして、素敵な出会いを探してしまう。一粒一粒が宝石のようにきらめく世界各国のチョコレートを堪能できる季節は、あまりに愉しく愛おしい。


ランドセルから制服の時代、溶かして固め直した「手づくり」を錬成したこともあった。それは総じて「みんなが好きな○○くん」への、浅く弱々しい恋慕の振りだったように思う。全員幼馴染のような狭い環境で、対等に付き合いたいなんて思いも思われもしなかったし、ただ「普通」の振りをしていたいだけだった。

一番思い出に残っているのは、女子高時代のバレンタイン。クラスメイト40人それぞれが買ったりつくったりしたお菓子を持ち寄り、ちょっとしたお祭り騒ぎの日だった。友人お手製マカロンのタワーが机の上にそびえ立つ光景を今でも思い出せる。パリの店頭に並べられたものより綺麗だったかもしれない。

もちろんパリでも、美しかったのだけど。

学校の自習室で受験勉強に勤しんでいた高校3年生の今頃、後輩から呼び出され、手づくりのチョコをもらったのも憶えている。告白という訳ではなく、ただひたすらに私なんかを慕ってくれた存在が、すこし面倒な環境にあった当時はとても有難く救いになってくれた。

それから、恋愛以外で印象的なのは、仕事で「推し」にチョコレートをお渡しする機会があったこと。直接お渡しできた訳でも自分が選んだものでもなかったけど、巡り巡って彼の手元に届き、感想コメントも聞かせてもらったときには、お金をもらって働くということの限りない可能性を感じたものだった。そういうミーハーな所が今の私を形作っている。


友愛の証。実らなかった想い。実っていると信じていた恋。或いはひとりで。様々な場面の彩りをひとつひとつ思い出すことは難しいけれど、たしかにそこには「チョコレート」という魔法があった。

今年も甘やかな口溶けとの邂逅と、すこしだけ緊張する機会を、ひそかに待ち侘びている。

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