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スポーツチームの事業の根幹をなすチケット事業における取組

今年のスポーツ界といえば、WBCの優勝、大金星を挙げベスト16となったサッカーW杯、強豪国を倒し史上初の3勝を挙げたバスケットボールW杯、パリ五輪を決めた男子バレー、惜しくも予選敗退となったものの健闘したラグビーW杯(ラグビー好きの筆者はラグビーW杯2015の対南ア戦、同大会2019の対アイルランド戦の勝利が忘れられません)など様々な大会で日本を代表する選手たちが健闘し、我々日本国民に感動と興奮を届けてくれています。
 
プロスポーツチームや日本代表チームは、選手が試合を行うと同時に、事業を行い収益化を図っています。
スポーツチームの事業は主に5つから構成されています。

①チケット事業
②放映権事業
③スポンサー事業
④物販(ライセンス)事業
⑤スタジアム・アリーナ事業

その中でもチケット事業は、スポーツビジネスの根幹をなすといわれています。なぜなら、チケットが売れれば会場での飲食やグッズの売上は上がります。スタジアム・アリーナに人が集まればよりそのスタジアム・アリーナにおける広告の価値は高まり、看板広告枠が売れます。チケットが売れる、すなわちスタジアムがいっぱいになるという事は、そのチーム・その試合に魅力がある事と同義なので、放映権の購買意欲が高まるでしょう。
つまり、チケット事業が成功すれば周辺の事業に影響を与え、好循環を生めるという事になります。

本記事では、スポーツチームの行うチケット事業を日本の事例とスポーツビジネスの進んでいるヨーロッパやアメリカの事例とを紹介しながら、説明していきたいと思います。


チケット事業に関して

チケット事業の収益は、下記の計算式で示すことができます。

チケット事業収益=チケット平均単価×購入数

つまり、平均単価もしくは購入数を上げることが出来れば、チケット事業収益を上げることが出来るという事になります。
日本と海外を比較すると、市場規模も違えば、物価やスタジアム・アリーナの規模も異なるため、単純な収益の額の比較はせず、どのような施策が行われたのかを海外の事例を中心に見ていきたいと思います。

シーズンチケット

1つ目は、シーズンチケットに関してです。
日本スポーツと、アメリカのスポーツのチケット事業を比較すると、シーズンチケットの考え方に大きな違いがあります。アメリカでは、日本とは異なり、「シーズンチケット重視型」の販売方針が取られているのです。

なぜ「シーズンチケット重視型」かというと、その方が安定した収益が得られるからです。天候が悪くなったり、シーズン中チームが不振に陥り成績が低迷すると、その日ごとのチケットは売れにくくなります。そのため、シーズンチケットを売ることが出来れば、不確定なリスクが回避でき、安定した収入が見込める、すなわち購入数の安定につながるわけです。

シーズンチケットの割合は、NPB(日本のプロ野球)が約2割ほどといわれているのに対して、MLBでは約5割前後といわれている球団が多く、人気球団だとさらにそれよりも大きい数字が割合を占め、多くの人々がウェイティング・リストに名前を連ねます。
本記事を書くにあたって、北米4大スポーツ、NPB、J1、プレミアリーグを対象に、シーズンチケット保有者数に関する調査を行いました。調査結果としては、会場のキャパシティに対するシーズンチケット保有者はNFLが最も高く約80%。そこから、プレミアリーグが約70%、NBAが約60%、MLBとNHLが約50%、NPBとJ1が約20%と続きました。この結果からもわかるように、アメリカを始め、海外のシーズンチケット保有者率は日本よりも明確に多いという事が分かります。


筆者作成

それでは、ここで日本とアメリカでの野球チームのシーズンシートの契約特典(全席種共通のもののみ)をご紹介します。

まずは日本のプロ野球チーム、読売ジャイアンツのシーズンシート契約特典です。

①東京ドームシティ優待券
②場内お弁当割引券
成約記念品(席種により異なる)
④会報誌
⑤メディアガイド
⑥シーズンシートオーナーズカード(東京ドームシティ内施設での割引特典や優待特典あり)
⑦選手との交流イベント、練習見学会への参加権利
⑧公式戦・クライマックスシリーズ・日本シリーズの優先販売
⑨優先入場
スイートルームの優先販売
外野指定席、エキサイトシート20試合分
⑫オープン戦・ファンフェスタ招待

読売ジャイアンツシーズンシート契約者特典

次に、アメリカのMLBチームボストン・レッドソックスの年間シーズンシート契約特典を紹介します。

①一般席の割引購入
②シーズンチケット価格の分割支払いオプション
③ポストシーズンの試合チケット購入機会の提供
シーズンシート契約者向けリワードプログラム
観戦できない日のチケットと別日のチケットの交換
本拠地で行われるレッドソックスの一部のゲーム、コンサート、スペシャルイベントの先行販売
⑦選手や監督、フロントとの電話会議
⑧オンラインでのチケット管理
⑨チーム公式ストアでの割引
⑩先行入場(バッティング練習の鑑賞が可能)
⑪メルマガ
オンラインでのレッドソックス財団へのチケット寄付機能
⑬専任のアカウントエグゼクティブ
⑭シーズンチケット契約者限定球場イベント
⑮ポストシーズン全試合の購入権利(③のアップグレード版)
⑯ホリデー(クリスマス)オーナメント

ボストン・レッドソックス年間シーズンシート契約者特典

ジャイアンツの特典は12種類に対して、レッドソックスの特典は16種類と種類も豊富です。

今回はこの2チームの例を出しましたが、NPBとMLBの特徴はこの2チームにおける特徴と共通しています。割引や先行販売等の特典に関しては、NPBとMLB共通して存在していますが、NPBのチームの特典には、成約記念品やチケット、会報誌などのモノの特典がある中、MLBにはその類の特典は特になく、権利が多く設定されています。 
例えばレッドソックスの特典の中ですと、④と⑥は国内に同様の例はなく、非常に面白い取り組みです。④のリワードプログラムは来場や勝利などでポイントをためることが出来、そのポイントで始球式やグリーン・モンスター見学、ビジター球場への遠征が可能になっています。
契約特典のリッチさからも、シーズンチケットに力を入れていることがわかります。

アメリカでは、他にもシーズンチケットを多く売るための施策があります。MLBやNFLなどの各スポーツチームは全試合対象のシーズンチケットだけでなく、ハーフシーズンや複数の試合などに単位を変えたり、価格当たりのチケット数を購入者に保証し、購入者はその数の範囲内で好きな日に見に行ける柔軟なプランを用意しています。
実際にNHLのカロライナ・ハリケーンズが様々なプランでのチケット発売を行い、財政状況が非常に良いという報道もなされています。


シーズンチケット重視型でない日本での導入は難しいのかもしれませんが、形を変えて導入できる可能性がありそうです。
 
余談にはなりますが、シーズンチケットの多いアメリカでは、チケットの二次流通市場が普及しています。これにより、シーズンチケット保有者は試合に行けない場合でも、二次流通での販売が可能になりますが、その反面、チケットの高騰が進んでいます。日本では定価以上でチケットの二次流通を行うことは違法で転売とみなされているので、購入側としては、リセールでも定価でチケットを手に入れられます(転売行為がここ最近よく検挙されていますが…)。
制度の検討と同時に法整備の検討なども必要になってきそうですね。

ホスピタリティチケット

二つ目は、ホスピタリティチケットの設置です。
ホスピタリティチケットとは、専用駐車場・専用ゲートでの入場・専用ラウンジやBOXでの飲食や選手との交流ができるイベント・音楽演奏やアート展示などのエンターテインメントなど、観戦と飲食とエンターテインメントを掛け合わせた豪華でスムーズな観戦体験を可能にするチケットです。
スポーツ観戦という一つの目的だけでなく、社内エンゲージメント向上の目的や、接待や商談などビジネスの場としての利用もなされており、ホスピタリティチケットはスポーツの価値の活用法の一つといえます。

日本に本格的に導入されたのは2019年のラグビーワールドカップからとされています。日本のスポーツチームが導入している例では、横浜DeNAベイスターズの本拠地横浜スタジアムの「NISSAN STAR SUITES」、ヴィッセル神戸の「THE PRESTIGE」、沖縄アリーナの「Kings Suite Rooms Serviced by ANA」など、政府が掲げているスタジアム・アリーナ改革の影響で徐々にプロスポーツチームによるホスピタリティシートの提供が増えてきています。
4大スポーツの多くのチームのいずれを見ても「クラブシート」と名前の違いはあるものの、専用レストランや専用ゲート等を設けて、豪華な観戦体験を提供する用意があるアメリカとはまだ差があると言えます。施設の機能的限界の問題がある為、早急に解決できる問題ではないですが、先ほども述べた政府の掲げるスタジアム・アリーナ改革や国内プロリーグのチームライセンスにおけるスタジアム・アリーナ要件の影響で、現在多くのスタジアム・アリーナの新設や改修が行われています。

それらが建設され、多くの会場で豪華な観戦体験ができるのが楽しみですね。是非皆さまも一度経験してみてください。

価格設定に関して

スポーツチームはチケットの価格をどのように決めているのでしょうか。アメリカで行われたNFLのチケット価格に関する研究では、価格設定にあたっていくつかの外部要因が働くことが指摘されています。
Mittelstaedt & Reese(2001)による研究では、チームの成績(前年度成績)、組織の収益ニーズや値上げに関する市場の許容度、ファンの属性、リーグの平均価格などが価格設定の大きな要因であることが示唆されており、チケットの需要自体は天気や対戦カード、日程や試合の重要性(優勝決定戦や開幕戦)などで変化するとされています。

そこで、近年ではチケットの変動価格制が用いられており、それらは「ダイナミックプライシング」や「フレックスプライス」と呼ばれます。
「フレックスプライス」は、チケット価格を事前に数パターン用意し、対戦相手や時期などの要素から決まる集客可能性に応じてパターンの中から選択してチケット価格を決定する制度で、日本では、NPB、Jリーグ、Bリーグのチームで利用されています。
「ダイナミックプライシング」は、2009年にサンフランシスコ・ジャイアンツが導入したことをきっかけに、北米4大スポーツ全てで導入されているチケット価格決定法で、現在では日本のプロスポーツチームも多く導入しています。ダイナミックプライシングについては、以下の記事で詳しく解説されていますのでそちらをご覧ください。

さて、このダイナミックプライシングですが、2019年にオリックスバファローズがある試合で実証実験を行った際に、チケット平均販売価格は2%低下したものの、チケット販売数が17%上昇し、結果的にチケット収入額が14%上昇したという事例もあります。

それならば、どのチームもダイナミックプライシングを導入したほうがいいのではないか?と考えるのが自然です。しかし、現状導入していないチームの方が多数であるというのが現状で、その理由としては、スポーツの専門性の高さから必要となるデータが多様で膨大である事や、それを扱う人材の不足が挙げられます。

しかし、それ以上に日本のスポーツにおいては根本的な問題があるという指摘もあります。アメリカでは、ダイナミックプライシングを導入する上で基本的にチケットの価格を少しずつ上昇させるという考えがあります。それは、冒頭に記載した通り、アメリカのチケット販売方針が「シーズンチケット重視型」だからです。チケット価格が下がり、シーズンチケットを購入するメリットが下がれば、それは最重要顧客を裏切ってしまう形になるため、価格を上昇させるのです日本のチケット販売方針は基本的に単券を販売していくという方針なので、そういった方針の違いを考慮する必要があります。
もう一つダイナミックプライシングの導入を難しくしている背景がチケットの販売形態です。日本では従来より、スポーツチームがぴあやローチケなど、プレイガイドと呼ばれるチケット事業者にチケット販売を委託しており、現在もその販売形態が残っています。しかし、この形態だとチーム側にデータが蓄積されず、また、情報がリアルタイムに反映されません。そのため、現在では各チームがチケット販売を内製化し、デジタルマーケティングを可能にする動きを積極的に行っています。

アメリカなどスポーツビジネスの進んでいる国から制度を導入する際は、日本の現状を鑑みた上での制度設計が必要だという事を感じさせられます。 

おわりに

ここまでお読みいただきありがとうございます。
チケット事業に関して様々な実例を挙げながらチケット事業収益を上げる3つの施策を説明してきましたが、近年では、NFTチケットやチケットの顔認証などテクノロジーを活用した取り組みも行われており、チケット事業は非常に面白い分野だと思います。
LA TIMESの記事によると、チケット事業は収益を上げるための事業ではなく、出来るだけ多くの人、特に子どもに試合を見に来てもらい次世代へ受け継いでいかなくてはいけないという考えも出てきています。その中で、これからどういった施策が行われていくのか、それによる価格、チケットの販売数や購入層などの変化を追ってみても非常に面白そうですね。

改めて、最後までお読みいただき誠にありがとうございました。次回以降もスポーツチームの事業を日本と海外とを比較しながら検討していきたいと思います。

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