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【小説】ラヴァーズロック2世

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あらすじ 憑依型アルバイト〈マイグ〉で問題を起こしてしまった少年ロック。 かれは、キンゼイ博士が校長を務めるスクールに転入することになるのだが、その条件として自立システムの常時解… もっと読む
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【小説】ラヴァーズロック2世 #01「ノストセラス・マラガシエンス」

ノストセラス・マラガシエンス 窓から吹き込む柔らかい風が締め切ったカーテンを揺らすたび、隙間から漏れる朝の陽差しが向かいの壁の上でチラチラと歌うように明滅している。 部屋の一角にある取ってつけたような石灰岩の壁は、夜の冷気をまだ十分に残しているので、朝陽がミニチュア版の天気輪の柱をおっ立てたくらいでは容易に温まらない。 炭酸カルシウムの白く冷たい宇宙。そこには美しく輝くアンモナイトの化石が散らばっていて、まるで宇宙望遠鏡から撮影された銀河団のようだ。 その化石の一つひ

【小説】ラヴァーズロック2世 #02「アレクサンダー・キンゼイ」

アレクサンダー・キンゼイ 2週間ほど前、アレクサンダー・キンゼイ博士はロックと初めて会った。 日曜日、少年は博士の自宅にひとりでやってきた。 苦労して手に入れた中古の日本家屋。庭木にやって来るメジロのさえずりまでもが小憎らしいほど耳ざわりな、子のいない老夫婦ふたり暮らし故の静かすぎる休日の朝だった。 博士と少年とが挟むテーブルの上には、2冊の書物が重ねて置かれていた。 1冊はアレクサンダー・キンゼイ著『歴史の尺度~宇宙・生命・人類~』。そして、その下のもう1冊の背表

【小説】ラヴァーズロック2世 #03「ロック」

ロック 教室へと続く長い廊下を歩く。 少年の前にはアレクサンダー・キンゼイ校長の背中。擦り切れた白衣の裾から生えたシワだらけの手は後ろで組まれ、歩行のテンポに合わせ交互に軽く握り合っている。その握り加減の微妙さが正直何とも薄気味悪い。 廊下の右側は大理石の壁が延々と続いていて、数は少ないが小ぶりなアンモナイトが点在していた。 老人の速度に合わせて歩くロックの人差し指と中指の先端は、冷たい大理石の上を興味なさげに走り続ける。 ときおり化石に混じって灯台の地図記号、生徒

【小説】ラヴァーズロック2世 #04「イランイラン」

イランイラン 少女は毎朝違う制服で登校する。 私服校にもかかわらず、日替わり制服に執拗にこだわる、モデル体型のチョット信じられないような美少女。 セルフデザインの制服が詰まった巨大なウォーク・イン・クローゼットから派遣された優秀なアイドル評論家で、彼女自身、不幸にも全てのトップアイドルを凌駕するほどの美貌を持って生まれてきてしまってはいるけれども、公正で的確な批評性を発揮するのに何ら支障はないし、つまらぬプライドや優越意識も持っていない。 今日の制服の基調色はネイビー

【小説】ラヴァーズロック2世 #05「池塘=すり鉢池=泉」

池塘­=すり鉢池=泉 アレクサンダー・キンゼイ博士の脱線はいつものことだが、歴史の授業にもかかわらず3億7,500万年前の偉大なる第一歩、原始的四肢動物による陸地への進出にまで話がおよぶとなるとさすがにうんざりする。 しかも、陸地という過酷極まりない環境に挑み、それを成し遂げたエルギネルペトンたちの業績に比べたら、人類の歴史的事件などというものは取るに足らない、無きに等しいものだといわんばかりのニュアンスが言葉の節々ににじみ出ているのだ。 ところで、数ある脱線のバリエー

【小説】ラヴァーズロック2世 #06「エージェント」

エージェント 下校する生徒たちでにぎわう第一昇降口。 壁のようにそそり立つ下駄箱が何列も並ぶスチール製のジャングルに、内履きを床に叩きつける音が激しいスコールのように鳴り響く。 下駄箱の壁の向こう側からは、フクロテナガザルの叫び声。羽交い絞めにされた男子猿が、ふざけ顔の仲間たちにズボンを無理矢理下ろされそうになっているらしい。 廊下に現れたのは、転入生のロック。 大股でゆっくりと歩いているのは、床一面がぬかるんでいるからだ。 未だにかれは、ユーラメリカ大陸中南部の

【小説】ラヴァーズロック2世 #07「ウィジャボード」

ウィジャボード 何もない。乾燥した大地がどこまでも続いているだけ。 足元のぬかるみはとうになくなっていて、足の生えた魚たちの這いまわる姿もすっかり消え失せていた。 両手の親指と人差し指で長方形を作り、覗き込む。 フレームの中は雲一つない青空。 大粒の水晶の瞳が太陽の居場所を探し始める。 と、何かに反射したのか、不意に白い閃光が走る。 目がくらみ、青い画面がぐらりと大きく傾いた。 ロックの大きな瞳は更に大きく見開く。 空中に浮かぶ巨大な物体が、突然目の前に現れ

【小説】ラヴァーズロック2世 #08「W・O・S」

W・O・S ジェリービーンズが一面に敷き詰められたカラフルな砂漠がどこまでも続いている。 走るカメラを急上昇で離陸させれば、しみわたるように晴れあがった瑠璃紺の空。 さらにふわりと浮上し静止すると、一瞬の無音。 画面のブレが小刻みに現れ、横方向に2本のノイズが走る。 まるで空中戦アニメのオープニングのようだ。 心を落ちつかせ目も慣れてくれば、地平線へと続くひと筋の飛行機雲に気がつくだろう。 それは、ビーコンを発しながら真っすぐに進む飛行物体。 後方から追いかけ

【小説】ラヴァーズロック2世 #09「透明アクリル世界」

透明アクリル世界 高台の家へと続く長い坂道をロックは上る。 開発されて間もないこの一帯は、まだ雑草すらろくに生えておらず、少年が気に留めるようなものは何ひとつ見当たらない。 なだらかな傾斜で左右に大きく蛇行している広い坂道には、贅沢に幅をとった歩道があり、住民たちは安心して上り下りをすることができる。 コンクリートの舗装面には、市役所の地図記号が滑り止めとして規則正しく打ってあって、今朝がたの激しい通り雨の痕跡が、そのリング状のくぼみにまだ少し残っていた。 心地よい

【小説】ラヴァーズロック2世 #10「黒い氷筍」

黒い氷筍 エージェントになってほしいという依頼は断ったものの、毎日彼女を迎えに行かなければならない羽目になってしまった。 放課後、かれはイランイランのクラスに現れてもすぐには声をかけず、教室の入り口に寄りかかったり、廊下側の窓枠に頬杖を突いたりして、クラスメイトとふざけ合う彼女をしばらく眺めていた。 クラスメイトの輪の中で笑いが起こると、彼女は嬉しそうにその場で必然性のない一回転をしてスカートをひらり。 そのうち女子のひとりがロックに気づき、イランイランに目配せする。

【小説】ラヴァーズロック2世 #11「恋のてふてふ魔法陣」

恋のてふてふ魔法陣 しばらくは、ただ一緒に下校して駅の改札で別れるだけの日々が続いた。 彼女はといえば、とりとめのない会話に終始し、例のエージェントの件についても意識的に避けているように見えた。 これではまるでただの恋人同士ではないか、とロックは思った。 生徒たちも、ふたりははたして付き合っているのか、いや、そんなことは決してない……あの不自然極まりない雰囲気は愛し合うもののそれではない、とかなんとか水面下で議論を戦わせていた。 確かに、イランイランとロックがふたり

【小説】ラヴァーズロック2世 #12「ウエディングドレスでカレーうどん」

ウエディングドレスでカレーうどん 一度だけの気の迷いから、厳格に守り続けてきたルール、北半バナナシェイカーズのライブ会場には決して近づかないというルールをイランイランは破ったことがある。 メジャーデビュー直前の北半バナナシェイカーズは、その日、インディーズとしては最後のライブツアー『北半バナナシェイカーズの北半球凱旋ツアー~ほーら、来た!来た! 北関東って北半球?~』のツアーファイナルを迎えていた。 会場は衝撃的なデビューを飾ったライブハウス〈聖地2ND〉で、一部ではあ

【小説】ラヴァーズロック2世 #13「北半バナナシェイカーズ」

北半バナナシェイカーズ 石(鉱物)とサイエンスと小説にしか興味を示さない少年の氷のような批評性を、是が非でも手に入れたいとイランイランは思っていた。 アイドル評論家である以前に一アイドルフアンであり、そして何よりも、とても多感で複雑なお年頃。彼女はそんな自分に冷静な批評ができるのだろうかと、常に自問自答していたのだ。 コミュニティ内で有名なアイドルフアンや、いわゆるアイドル通と称される人々と接続し、協力しながらことをなそうと試みたことはあるのだが、そのことごとくは失敗に

【小説】ラヴァーズロック2世 #14「噴進弾型表皮嚢腫」

噴進弾型表皮嚢腫 僻地の農村から、さらに離れた山中にその家はあった。 丸太小屋と呼ぶには少々大きすぎるログキャビンの室内は、外観からは想像もできないくらいに快適だ。 冬は暖かく夏は涼しいし、必要なものは完璧といってよいほどに全て揃っている。そして、今後必要になるであろうありとあらゆるものも、半永久的に不足することはないだろう。 木製の積み木で遊ぶ女の子は、やっとつかまり立ちができるようになったばかり。祖父お手製の積み木から発する檜の香りが、優しく部屋を満たしている。